第2話:令嬢エレーヌと、絶対不可侵の魔法結界
■ 現在値・才能・潜在値 ■
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個体名:エレーヌ
ジョブ:名士の令嬢(Lv.8)
[能力値] [現在 / 才能 / 潜在] [備考]
・HP:08 / E / 025 (深窓の令嬢)
・MP:22 / C / 075 (それなりの魔導教育)
・筋力:02 / G / 012 (重い物は持たない)
・耐久:04 / F / 020 (精神的に脆弱)
・俊敏:06 / E / 030 (ゆったりとした歩調)
・知力:18 / B / 095 (神経質で鋭敏)
・魔力:15 / C / 065 (結界適性のみ上昇中)
・幸運:05 / E / 040 (静寂を愛しすぎる運命)
[スキル]
・礼儀作法(Lv.5):隙のない淑女の挙動
・鑑定眼(Lv.1):真贋を見分ける審美眼
[装備/特性]
・装備:シルクのドレス、結界珠(NEW)
・特性:潔癖症(中等度)
・状態:不安、動悸
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その日、名士の娘エレーヌが体験したのは、理不尽な不法侵入だった。
完璧な静寂に包まれていたはずの彼女の寝室に、泥にまみれた見知らぬ男が窓から現れた。男は彼女の悲鳴に視線一つ向けず、ただ一直線に部屋を横切り、反対側の壁の中へと吸い込まれるように消えていった。
その瞬間から、エレーヌにとって世界は耐えがたい汚濁に満ちた場所となった。壁も扉も、あのような無遠慮な侵入者に対しては無意味なのだ。彼女は、自分の輪郭が常に何かに晒されているような耐えがたい不快感に、じりじりと神経を削られていった。誰の視線も、誰の気配も、彼女にとっては肌を刺す刃と同じであった。
*
彼女が町外れの路地裏にある、看板もない店を訪れたのは、もはや必然といえた。
カビと古い紙の匂いが漂う薄暗い店内で、皺くちゃの老婆は、エレーヌが口を開くよりも先に、カウンターの上に一つの球体を転がした。鈍い銀色の光を放つ、掌に収まるほどの小さな珠だ。
「おや、お嬢さん。誰にも邪魔されない場所を探しているね」
老婆は、濁った瞳でエレーヌの震える指先を眺めた。エレーヌが何かを言う暇もなかった。
「言葉にする必要はないよ。あんたが求めているのは、究極の私生活……誰の視線も、誰の指先も、それこそ世界のあらゆる干渉が届かない『絶対的な聖域』だ。違うかい?」
「……それが、手に入るの?」
エレーヌの声は震えていた。老婆はにやりと口角を上げた。その皺だらけの顔には、同情も慈悲もなかったが、確かな解決策を提示する商人の自信があった。
「代金は金貨一枚。この『結界珠』は、あんたの望みを忠実に叶える。これを身につけて願いな。あんたはもう、何者にも脅かされることはない。ただし――性能が良すぎるのが欠点だがね」
エレーヌは迷わず金貨を置いた。これであの汚された感触から解放されるのであれば、金貨一枚など安すぎる買い物だった。
*
屋敷の寝室に戻り、彼女は宝珠を起動した。
「私を誰からも干渉されない存在にして。誰の目にも触れず、誰の手も届かない場所へ」
直後、世界は静まり返った。ドアを叩く音も、使用人たちの気配も、外を走る馬車の音さえも、絹の膜を通したように遠ざかっていく。
翌朝、彼女が廊下に出ても、誰も彼女を見ようとしなかった。執事もメイドも、彼女の存在を最初からそこにない風景として扱い、自然な動作で彼女を避けて歩く。彼女が何を言っても、彼らの耳には届かない。まるでエレーヌ自身が、世界から切り取られた透明な断片になったかのようだった。
エレーヌは、陶酔にも似た解放感を覚えた。
誰にも見られない。誰にも触れられない。私は、完璧な私を手に入れたのだ。彼女は鏡の前で微笑んだ。鏡の中にだけは、まだ自分の姿が映っていた。
しかし、その解放感は、数日を待たずして奇妙な感触へと変質していった。
喉が渇き、テーブルの上の銀の水差しに手を伸ばした時のことだ。彼女の指先は、冷たい金属の感触を捉える直前、するりとそれを「透過」した。何度試しても同じだった。彼女の手は虚空を掴むばかりで、実体のある何物にも触れることができない。
自分の手を見つめると、指先の境界線が、朝霧のように淡く揺らいでいる。
彼女は慌てて部屋を飛び出した。助けを求めようと、廊下を走るメイドの肩を掴もうとする。だが、その手は抵抗なくメイドの体をすり抜けた。叫ぼうとしても、喉が震える感覚だけがあり、音は生まれない。空気さえも彼女の肺との摩擦を失い、呼吸をしているのかさえ判然としなくなっていく。
エレーヌは狂ったように街へ駆け出した。人混みの中、馬車や通行人が彼女に向かってくる。だが、激突の瞬間、彼女の体は幽霊のようにそれらを通り抜ける。人々は彼女を避けているのではない。彼女という存在が、この世界のあらゆる物理的な「干渉」の対象外へと、完全に除外されてしまったのだ。
広場の中央、強い日差しが彼女を照らしていた。
エレーヌは空を見上げた。まばゆい光が、自分の体を素通りして石畳を照らしているのが分かった。彼女は影さえも失っていた。
通りがかりの子供が、ふと足を止め、何もない空間を指差して首を傾げた。
「あ、キラキラしてる……」
子供の目には、一瞬だけ、月光よりも鋭い輝きが、垂直に、一点に向かって収束していくような残光が見えた。それは美しく、そしてこの世の何よりも孤独な光だった。
しかし、子供が瞬きをしたときには、そこには午後の平和な街角があるだけだった。
タイトルは未定。ファンタジー世界のショートショート。異世界の奇妙な物語 きくぞう @kikuzouz
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