タイトルは未定。ファンタジー世界のショートショート。異世界の奇妙な物語

きくぞう

第1話:新米冒険者リュカと、光の地図

​■ 現在値・才能・潜在値 ■

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個体名:リュカ

ジョブ:新米冒険者(Lv.1)

・HP:12 / D / 045 (少し体力がある若者)

・MP:02 / F / 010 (魔法の素養は皆無)

​・筋力:09 / D / 042 (平均的な農作業経験)

​・耐久:08 / D / 038 (無理はきかない)

​・俊敏:11 / C / 055 (身軽なのが唯一の救い)

​・知力:07 / E / 025 (複雑な思考は苦手)

​・魔力:01 / G / 005 (魔力に干渉できない)

​・幸運:15 / B / 085 (変な物を拾う才能)

​[スキル]

・素人剣術(Lv.1):木刀で訓練した程度

・野宿の心得(Lv.1):どこでも眠れる

​[装備/特性]

・装備:鈍い鉄の剣、怪しげな地図(NEW)

・特性:方向喪失(常時発動)

・状態:正常

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​ 冒険者のリュカには、致命的な欠陥があった。


 極度の方向音痴。彼は東へ行くつもりで西へ進み、町の中央広場へ向かおうとして下水処理場に迷い込む。右と言われれば左へ曲がり、真っ直ぐ進めと言われればなぜか円を描いて元の場所に戻ってくる。彼に残されたのは、錆びた鉄の剣と、使い物にならない自分の感覚だけだった。


​ そんな彼が、路地裏の奥深くにある怪しげな店に迷い込んだのは、ある意味で必然だった。


​ 店の中は、カビと古い紙の匂いが充満していた。カウンターの奥で、皺くちゃの老婆が、一枚の羊皮紙を撫でていた。


「おや、迷い子だね。分かっているさ。お前さんが欲しいのは、この『最短ルートの地図』だろ?目的地までの最も短い距離を、光の線で示してくれる便利な代物。ただし、性能が良すぎるのが欠点だがね。お値段はたったの銀貨一枚。お前さんが持っている全財産とほぼ同じさ。なあに、あんたの悩みが解消されるなら安いもんだろ?ヒッヒッヒ」


​ リュカは迷わず購入した。これさえあれば、自分も一流になれる。そう信じて。


​ 翌朝、リュカは隣町への配達依頼を受けた。さっそく地図を広げ、目的地を強く念じる。すると、羊皮紙の上に鮮やかな青い光の線が浮かび上がった。その線は、定規で引いたように一分の隙もなく、遥か彼方の空の果てまで伸びている。


「すごい、本当に真っ直ぐだ!」


 リュカは歓喜し、足取りも軽く歩き出した。


​ しかし、歩き始めてわずか三分後。リュカは巨大な壁に突き当たった。それは町の名士である貴族の屋敷の外壁だった。光の線は、無慈悲にもその壁を垂直に貫き、反対側へと伸びている。普通の冒険者なら迂回するだろう。だが、リュカは「最短」の魔法に取り憑かれていた。ここで曲がれば、また元の迷い子に戻ってしまう。


「最短距離だ。一歩も曲がってはいけない……!」


 彼は屋敷の壁をよじ登り、寝室の窓から侵入した。住人の悲鳴を背に、光の線が示す通りに部屋を突き切り、反対側のテラスから飛び降りた。


​ 次に光が示したのは、深さ三十メートルの切り立った崖だった。本来の街道は北へ迂回している。しかし光は虚空を真っ直ぐに突き進んでいる。リュカは崖の縁に立った。


「光は直進している。俺もそうでなければ」


 彼は指を血に染めながら崖を降り、氷のような激流の川を泳ぎ、凶暴な穴熊の巣を強行突破した。肩の肉を削がれ、爪を剥がし、血を流しながらも、彼は一ミリの寄り道も許さなかった。


​ 夜、這うようにして隣町に辿り着いたリュカだったが、どうしても納得がいかなかった。最短を来たはずなのに、ボロボロになり、時間もかかりすぎている。彼はそのまま引き返し、老婆の店へ飛び込んだ。


「ばあさん、この地図は欠陥品だ! 最短ルートなんて嘘じゃないか!」


​ 老婆は愉快そうに笑った。


「欠陥? とんでもない。この地図は、この世界で最も忠実に『最短距離』を示しているよ。一ミリの無駄もなくな」


「ふざけるな! 壁を登り、崖を降りるのが無駄じゃないとでも言うのか!」


「それは人間にとっての『道』だろ?」


 老婆は地図の裏を指差した。そこには小さな文字で記されていた。


『本製品は、光の直進性を基準としてルートを計算します』


​「光にとってはね、壁も崖も障害物にはならないんだよ。この地図は、あんたが光と同じように、あらゆる物体を透過して進める存在であることを前提に答えを出している。地図のせいじゃない。あんたの体がそんな不便な、重たくて分厚い『肉体』に縛られているのがいけないんだよ。物理現象に逆らおうとするから時間がかかる。あんたが不完全なせいだよ」


​ リュカは絶句した。店を出ると、整備された普通の街道が月明かりに照らされていた。そこを歩けば、一度も転ぶことなく、わずか一時間で着けたはずだった。


 リュカは、自分の血まみれの手を見つめた。酷使され、肉が剥き出しになった指先。その傷口の奥が、月光に透かされて、ほんの一瞬だけ青く光ったような気がした。


​「……そうか。俺が不完全だったんだ」


​ リュカの瞳から、人間らしい迷いが消えた。彼は地図を広げ、次の目的地をセットした。


 そこは、この世のどこでもない場所。地図の光の線が、地平線の彼方ではなく、足元の地面を突き抜け、星の核へと向かって垂直に伸びる。


​「光になればいいんだな。そうすれば、何も俺を止められない」


​ リュカは呟いた。その声にはもう、感情の起伏はなかった。老婆はそれ以上何も言わず、ただ薄笑いを浮かべて彼を見送った。


​ リュカは一歩を踏み出した。目の前には、堅牢な石造りの建物の壁があった。


 彼は速度を上げた。迷いも、減速もない。


 夜の闇の中、彼の輪郭が、月光よりも鋭い青い輝きに一瞬だけ包まれた。

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