余白は長かった
明美は詰め所の奥で、いつもの手帳を開いていた。
革の表紙は色が抜けて、角が丸くなっている。何年使っているのかは知らない。
「直人」
名前を呼ばれるのは、少し久しぶりな気がした。
「仕事には、慣れてきた?」
俺は落ち葉を集める手を止めずに、曖昧にうなずいた。
「まぁ……やることは決まってますから」
「そう」
それだけ言って、明美は手帳に視線を落とす。
覗き込もうとしても、角度的に中は見えない。
「この仕事ね」
独り言みたいに、明美は言った。
「慣れちゃいけない部分もあるんだよ」
俺は、箒の先で地面を軽く叩いた。
「慣れないと、続かない仕事でもありますけど」
明美は、ふっと笑った気がした。
本当に笑ったのかは、わからない。
「直人は、ちゃんと待ててるから大丈夫」
「待つ、って……?」
聞き返したけど、明美は答えなかった。
代わりに、手帳を閉じる。
「今日は、特に変わったことはなかったかい?」
少し考えて、俺は首を振った。
「……いつも通りです」
嘘ではなかった。
ただ、全部を言っていないだけだ。
「なら、いい」
明美はそう言って立ち上がる。
「渡すものを渡して、火を点けさせて、帰るのを待つ」
「それで十分」
詰め所を出ていく前、明美は振り返った。
「顔のことは、気にしなくていいよ」
胸の奥が、少しだけざわついた。
「見えるようになっただけだから」
そう言い残して、明美は霧の向こうに消えた。
俺は一人、詰め所に残る。
蝋燭の箱を数えながら、思う。
——見えるようになった、って何が。
答えは、まだここにはない。
でも、橋の上には、確かに何かがある
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嘘つきが守る橋 残間 みゐる @shunnna0829
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