第16話 原因ーナゾー

 虎真は美鶴を後ろ目で流し見る。

 野生動物の撮影に阿尾湖を訪れたと思えば、とんでもない事態に巻き込まれた。

(この子のせいじゃない!)

 理屈でも、感情でもわかっている。

 仮に美鶴が何事もなく平穏に暮らしていても、姉弟揃ってこの地に訪れていた。

 そして、今回の異常事態に巻き込まれていた。

(解せないのは、どうして私たちが今でも無事なのか……)

 獣は夜目が効けば、鼻も効く。

 例え暗がりに息を殺して潜もうと、すぐ匂いで嗅ぎつける。

 実際、ギリースーツを着込もうと嗅ぎつけられた実例がある。

 原因は携行食。

 密封されていようと食した者から匂いを嗅ぎつけた。

 美鶴を追っていた男が襲われ、美鶴を囲っていた姉弟が無事な理由があるはずだ。

(理由さえわかれば、この異常を生き抜ける!)

 生存の鍵は手中にある。

 気づいていないだけ。

 見えていないだけだ。

(どれ、どれなのよ!)

 脳内備蓄録と今ある装備を照合する。

 テントはキャンプ地に囮として置いてきた。

 カメラなどの仕事道具一式、ナイトスコープをひとつ龍太に渡しているが、基本、虎真がしっかり所持している。

 携行食や飲料水は龍太にまとめて背負わせてある。

 ギリースーツは予備を含めて二着。

 ひとつは自分、もうひとつは龍太と美鶴の共用とさせている。

 近距離無線通信機トランシーバーも万が一を想定して、ひとつを龍太に持たせてある。

 間近にいるため使うタイミングはないが。

 携行用LEDライトはあるも、美鶴の追っ手に発見される悪手となるため使用していない。

 暗闇の山中を照らして歩くなど、自ら居場所を教える自殺行為だ。

 内蔵電池のないケミカルライトサイリウムがあるも使用は同上。

 夜間撮影用に用意したナイトスコープが、思わぬ形で役に立った。

「ふたりとも、ストップ!」

 思案しながらも虎真は足を止めないし、警戒も緩めない。

 目的地の熊地蔵ある祠の近く、およそ一〇〇メートル先まで至った時だ。

 森林の隙間より複数の明かりが揺れ動く形で迫っている。

 小さくとも輝度が強いことからLEDライトの類だろう。

「龍太は周囲の警戒と美鶴ちゃんの警護を」

 口早に伝えながら、茂みに身を隠す。

 ナイトスコープをカメラ本体機器から取り外す。

 別なるレンズを装着、カメラを構えてレンズを祠に向けた。

 ズームにて距離があろうと、姿どころか顔立ちすらファインダー越しに確認できた。

(数は、多いわね、一〇人ぐらい? 女は三人で他は男と、なるほど)

 声は聞こえないが、女のひとりがあれこれヒステリックに喚いては男たちに当たり散らしている。

 相応に高い声だろうと周囲に木々に吸収され、虎真の耳まで届かない。

 好き好んで僻地に訪れる者などいない。

 十中八九、美鶴の追っ手、その中心グループのはずだ。

「美鶴ちゃん、ちょっと見てもらえるかしら?」

 心的ショックを誘発するかもしれないが、確認は大切だ。

 ファインダーを覗いた瞬間、美鶴の顔は恐怖でひきつり、悲鳴をあげそうになる。

「OK、もう大丈夫だから、ごめんね」

 寸前で口元を塞ぎ、悲鳴を阻止する。

 どうやら、わめき散らす女が主犯格で当たりのようだ。

「服が血で汚れているわね」

 相手が持つライトのお陰で状況を確認しやすい。

 山に潜むナニカに襲われ、命辛々逃げてきたのは明白だ。

「問題はナニに襲われただけど……」

 正体不明ほど、恐ろしいものはない。

 暗がりから牛、幽霊の正体見たり枯れ尾花。

 人は、姿形がわかれば対策を立てられる。

 だが、姿形がわからぬならば立てようがない。

 赤道の地に防寒着を着ても意味がないと同じように。

 これが砂漠ならば夜間では通用するが。

(どまんじゅうといい、腹から喰われているといい、熊に襲われた状態と符合するけど、獲物をもてあそぶなんて事例はない)

 もちろん、肉食獣が捕まえた獲物を喰らわず生かした例はある。

 シャチはアザラシを食べずして生け捕りにした実例が。

 だが、それは子供のシャチに狩りを教える教材の面があった。

 弱った個体を子供に追いかけさせることで、海での狩りを、獲物を覚えさせる。

(さっきの男といい、松葉さんといい、飼ってた家畜といい、玩具のように遊ばれて殺された節が強い)

 命を弄んで殺す生き物など、地球上で該当する種はあったりする。

 ひとつがサルなどの類人猿だ。

 サルは同種だろうと、群が同じだろうと、一方的にいたぶる残虐性を露わとする。

 もうひとつは人間だ。

 人間もまた同じ人間をいたぶる残虐性を持ち合わせている。

 皮肉なことに、群れたる同じコミュニティー内で起こるのだから笑えない。

 遺伝子的に五%しか違いはないといえ、獣と人の違いは何なのか。

 もっとも虎真は写真家であって、生物や遺伝子の研究者でないため確かめようがない。

 仕事柄、野生動物の生態に詳しい一人でしかない。

「ん?」

 思索を打ち切るように、ファインダー越しにカメラを構える。

 おかしい。

 グループのヒステリックさは変わらずだが、ひとり減っている。

 しかも、グループは減っていることに気づいていない。

「今のうちに移動したほうが――いえ移動するわよ」

 先客がいるため、祠は休憩スペースとして使えない。

 経験が次なる行動を誘発する。

 動けと思った瞬間、動くのが正解だと。

 暗闇の中、後方の龍太にハンドサインで移動開始の指示を出す。

 背後から、ギリースーツと茂みが接触音がする。

 感づかれぬことなく湖面沿いを移動していた時だ。

 凄まじい水の轟音が湖から響きだした。

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ヌエオニ~Let's go home~ こうけん @koken

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