第15話 危険―カン―
――虎真に
明かりひとつなく山中を進んでいた時だ。
「むっ、血の匂い」
虎真は鋭敏な嗅覚で異常を掴んだか、足を止める。
普段鋭い目尻を、なお鋭く、ナイトスコープ越しに周囲を見渡している。
「異常はないけどね」
龍太も周囲を警戒するが、土と木々の匂いが充満し、野生動物の影すら見あたらない。
「いえ、近いわね」
写真家として培われた経験と勘か。
都心部暮らしの龍太には、何一つ感じられないが、素直に従うのは吉だ。
「……こっちか」
「ちょ、姉さん!」
茂みかき分け我先に行くなど、撮影時において深謀遠慮なはずだが、らしくない行動である。
「うえ」
姉の後を追った先にあったモノに、龍太は顔をしかめるしかない。
「きみは見ない方がいい」
好奇心からのぞき見ようとする美鶴をやんわりと制止する。
「なんで、これが福岡にあるのよ!」
姉らしくない絶句した表情だ。
視線の先にあるのは、こんもりと積まれた土と葉の山。
どこぞの産廃業者が違法に投棄した――ならよかっただろう。
だが、土の山から覗き見えるのは、無機物ではない。
シカやサルなどの野生動物の死骸であった。
時間があまり経過していないのか、虫はたかっていない。
「姉さん、これってまさか、どまんじゅうってやつじゃ」
「ええ、そうよ。ヒグマが捕まえた餌や食べかけを保管するために作った土の保管庫……」
熊に出会ったら死んだフリを、なんて俗説、迷信である。
熊は死肉すら喰らう。
喰いかけの
そもクマはヒ・ツキノワ問わず、生きたまま獲物を腹から喰らう。
ライオンやチーターのように獲物を窒息死させてから喰らうことはしない。
あえて共通項をあげるならば、肉食動物は骨が邪魔しない腹から獲物を喰らうぐらいだろう。
死んでからか、生きたままかは別として。
喰われる餌が、動物か、人間かも別として。
「まだ比較的新しいわね。いたずらにしては作りが本物すぎる」
迂闊に手は触れない。
下手に触れて匂いでもつけば、餌を奪う不埒者として狙われ追われ続けることになる。
最後に行き着くのは文字通り、どまんじゅうの中だ。
「急いで離れるわよ!」
写真家の経験が鋭い声を走らせる。
撮影どころか調査をしないのは、危険を察知したからだ。
祖父の無念を晴らす証拠に繋がる可能性があろうと、まず生きて帰れなければ無意味だ。
真贋はさておき、留まり続けるのは好ましくない。
「姉さん、まさか!」
龍太の発言は、恐らくだが脳裏に祖父の負傷した写真がよぎったからだ。
「それは後にして! マーキングは!」
「しっかりと!」
姉に弟はしっかりと返す。
既に地図とGPSを併用してマッピング済み。
調査は後からでも行える。
今姉弟がやるべきことは、追っ手を撒き、本当の合流ポイントにたどり着くこと。
美鶴を家族と再会させることだ。
「急いで! この山、なにかおかしい……いえおかしくなってる!」
何度も足を運んだからこそ、滲み出た言葉だろう。
姉の言葉通りだ。
龍太とて、来た当初は感じなかった底冷えさせる何かを、暗闇の奥底から薄々と感じていた。
「なにか、怖い」
美鶴も感じているのか、唇と肩を震えさせている。
「二人とも、伏せて!」
駆け足がすると同時、虎真の鋭い声が飛ぶ。
龍太はほんの少し出遅れた美鶴を押し倒す形で地面に伏せる。
事前に用意していたギリースーツを頭からかぶる。
息を殺しつつも耳を奮い立たせんとする。
「くっそ、なんだよ、あれ、なんなんだ!」
どこか聞き覚えのある男の声。
視界端を光がかすめる。
呼吸は絶え絶えの音が耳朶を捉え、龍太の記憶の端にひっかかる。
(キャンプ地を襲ったひとりか!)
隣で震える美鶴を見た。
暗がりであるため表情はわからない。
だが震えており、そっと優しき抱き寄せる。
大丈夫だと、ひとりではないと、体温を伝わらせる。
「や、やめろ、くる、くる、がああああ、て、手があああっ!」
最初は男の悲鳴。
次いで響くは硬い何かが砕け散る音。
視界端に走る光が消える。
恐らくライトが潰された。
暗闇にブチブチと硬質ゴムを引きちぎるような音と水音が流れ続けていく。
アキタアキタアキタアキタ――
子供の声を確かに聞いた。
足音がする。
それも複数。
龍太のすぐ横で足音が止まる。
ボリボリと何かをかじる音がする。
間を置かずして、後方にある土の山から土を掘る音がする。
足音が再度、響き出す。
枝葉踏みしめる音は離れていく。
だが、龍太は動かない。
起きあがろうとする美鶴を無理矢理押さえ込む。
音に騙されるな。
正体が、群で動く獣ならば致命的。
遠ざかったと油断を誘う囮の個体と、本命個体が狩りとらんと、近場で待ちかまえている可能性があった。
五分か、三〇分か、時の流れが恐ろしく遅く感じる中、森は血生臭さを残して静寂を取り戻す。
「龍太、見ないように。美鶴ちゃんも。行くわよ」
すぐ近くにナニがあるのか、知覚しているからこその言葉。
ギリースーツを脱がぬまま、美鶴を支える形で龍太は、先行く姉に続く。
重いとは思わない。
今は生きるために、この子を家族の元に帰すために進め。
「もう少し行けば、熊地蔵の祠がある。そこで少し休憩しましょう」
雨風を凌げる場所があるだけでも、身体を、心を休められる。
休められるはずだ!
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