第22話 【閑話】そしてまた、教室から誰もいなくなった(後編)


 信じられないといった表情を浮かべる生徒たちが立ち尽くすなか、俺は教室のなかへ入り、辺りを見回した。事前に集団失踪事件の内容を訊いていたせいか、他の生徒たちよりも事態を早く受け入れることができた。


「坪内さん、ここで世界史を教えていた先生の名前は?」俺は廊下に立ちすくむ彼女に訊いた。


「神戸先生だよ」彼女は落ち着いた口調で答えた。「でも、何でこんなことに……」


「まずは探そう。突然、人が消えるなんてありえない。どこかにいるはずだ」


「うん」  


「俺は東側を、坪内さんは西側を頼む」


「分かった」


 東側には、主に職員室と昇降口がある。前者には先生の所在が、後者は下駄箱を調べることで、学校から出ていないかどうかが分かる。


 俺は階段を駆け下り、職員室へ向かった。適当な理由をつけ室内を見渡したが、神戸先生の姿は見当たらない。他の先生に訊くと、授業へ行くと言って出て行ったきり、まだ戻ってきていないと言う。


 次に昇降口の下駄箱を調べると、そこには生徒たちのスニーカーやローファーが残されていた。つまり、学校から出ていないということが分かる。


 失踪した生徒たちは、まだこの校内のどこかにいる。


 階段を上がりながら、俺はこれまでのことを整理した。休憩時間に坪内さんから集団失踪事件の話を聞いて、次の授業が始まってから終わるまで、隣の教室から僅かながら生徒の声が漏れていた。授業の冒頭に、神戸先生の「それでは、授業を始めます」という声も確かに聞こえた。たしかに、あのとき隣の教室には生徒と教師がいた。


 自分の教室がある階に戻ると、他の教師たちが、集団失踪した教室に次々と入っていくのが見えた。現状を把握しに来たのだろう。


 ふと、俺は階段の踊り場から上の階を見上げた。俺は今、4階にいる。上の階は屋上しかない。もし集団で移動したのだとしたら、屋上へ向かった可能性が高い。


 階段を上がって屋上のドアを開けると、視界に広々とした空間が飛び込んできた。生暖かい風が身体を包み込んだ。辺りを見渡しても、そこには誰もいない。


 思い過ごしかと肩を落とし、屋上を後にして階段を下りると、踊り場にいた坪内さんと目が合った。


「西側はどうだった?」 俺は訊いた。西側には主に図書室と、別棟に体育館がある。


「いなかったよ。屋上かなって思ってこっちへ来たんだけど、網代くんも同じ考えだったみたいだね」


「ああ、誰もいなかったよ。職員室にもいなかったし、学校からも出ていない」


「それじゃ、一体どこに……」 坪内さんは腕を組んだ。


 俺は絵本さんのような洞察力があるわけでもないし、推理力も高くない。彼女なら、現状をどう打開するだろう──。


 頭のなかで様々な情報が交差し、混じっては離れた。ふと、ある仮説が生まれた。


 俺は1階に降りて、校舎のちょうど中央にある教室──保健室の前に立った。カーテンが掛けられ、室内の様子を見ることはできないが、鍵は開いていた。


「保健室がどうかしたの?」後からやって来た坪内さんが訊いた。


「俺の推理が正しければ」 俺は保健室の扉を開けた。「集団失踪した生徒たちはここにいる」


 坪内さんは俺のすぐ横に、顔を突っ込んできた。彼女の頭が俺の耳に当たった。


「嘘……」坪内さんは言葉を失った。


 保健室のなかには、失踪した生徒たちがいた。視線が一挙に俺と坪内さんに集中した。思わず俺は視線をそらした。


 奥から神戸先生が出てきた。


「やぁ」 神戸先生は決まりが悪そうな表情を浮かべた。「どうしてここだと分かった?」


 答えたいところだが、その前に言っておきたいことがある。


「坪内さん、ちょっと離れてくれるか?」


「ああ、ごめん」


 俺と坪内さんは保健室に入ると、扉を閉めた。


「さて」と言って、俺は神戸先生たちのいる方へ体を向けた。「なぜここにいるのか分かった理由は、坪内さんから訊いた失踪事件の噂に基づいています。再現したんですよね?ある事件を。だから場所も保健室を選んだんです。治療する場所だったから」


「事件?」隣にいた坪内さんが訊いてきた。


「そうだ。20年前、あの教室で一酸化炭素中毒騒ぎが起きてたんですよね?窓がすべて開けられていたのは換気のため。


 椅子がすべて校庭側に向けられていたのは、教室の後方にあるストーブに視線が集中したから。恐らく当時の先生が、ストーブを止めて窓を開けろと大声で言ったんでしょう。だから生徒たちは慌てて椅子を回し、ストーブや窓の方を向いた」


 神戸先生の後ろにいた生徒たちが、ざわざわとしている。「何で分かったの」と女子生徒の声が聞こえた。


「黒板に書きかけの板書は、授業の途中で起きたことを示していたというわけです」


「でも網代くん」坪内さんは言った。「隣の教室にいた男子生徒の言っていたことはどうなるの?本当に一酸化炭素中毒なら、騒ぎになるはずだよ?」


「それは、集団失踪事件にするための脚色だ。坪内さん、最初に言ってただろ?他に起きている集団失踪事件は、脚色がされてたり、都市伝説みたいになってるって」


「そうだけど……」


「ですよね。神戸先生」


 坪内さんは目を見開いて、先生を見た。


「網代くんの言うとおりだ」神戸先生が言った。


「そこまで言い当てられると逆に清々しいね。さっき、職員室で坪内さんに話したら、思いのほか良い反応だったから、挨拶代わりにこの子たちに話したんだ」先生は振り返りながら言った。


「それで、事件の真相を話してくださいって言ったんです」神戸先生の後ろから、男子生徒の声が聞こえた。


「そこで、あのときの再現をしようとなった。真相は、一酸化炭素による中毒事件であることは保健室に連れてきたときに話したんだ」


「そうですか」


 挨拶代わりにするような内容じゃないだろうと思ったが、俺も坪内さんも、先生の後ろにいる生徒たちも興味を持ってこの場にいる。まずはその事実を受け止めないといけない。


 神戸先生は、どこか憎めない笑みを浮かべて、生徒たちに謝罪していた。


「それにしても凄い推理だね」坪内さんは言った。「網代くんのこと、見直しちゃった」


「見直すって、普段から俺のことどう思ってたんだよ」


「どうって……どこか話しかけやすい友人とかかな」


 友人と思ってくれていたなんて初耳だ。嬉しいような、なんか複雑な気持ちだけど。


「俺も坪内さんのこと、友人として接していいってことか?」


「それは……知らない」そう言って、坪内さんは耳を赤くし、早足で保健室を出て行ってしまった。


 何か怒らせるようなことを言ったか。よく分からないな、と俺は首を傾げた。



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