祝福は銀の針のように

黒冬如庵

カクヨムコン11短編 お題フェス参加作品

 漆黒しっこくの真空を背景に、それは一本の『傷跡』のように突き刺さっていた。

 星を一周している古めかしい軌道環(オービタル・リング)が、今では死んだ鯨の骨のように、鈍色にびいろに沈んでいる。


 卒業旅行の最終行程。恒星間貨客船の観測デッキに立つ僕にとって、それは歴史番組の中で無造作に写された死体を見るような気分だった。


「先生……正直に言っていいですか。ひどく、無機質に見えます」


 僕の言葉に、隣に立つ老教師――実年齢は四世紀を優に超えているという噂だ――は、穏やかな、しかしどこか遠くを見据えるような目で微笑んだ。


「そうだろうね、フジオカ君。今の君たちにとって、宇宙は最初から『開かれた庭』だ。だが、この『銀の針』が打ち込まれる前の人類にとって、あまりにも絶望的な呪いだったんだよ」


 先生が操作パネルに触れると、スクリーンの端に四百年前のアーカイブ映像が投影された。

 そこには、荒廃した地表と、ぶ厚い戦雲に覆われた窒息寸前の地球が映っていた。資源は枯渇し、国家という古い枠組みが互いに最後の一滴を奪い合っていた、人類最悪の数世紀。


「四百年前、汎銀河文明の無人観測機がこの宙域ちゅういきに現れた。彼らは“絶滅”という容赦ない現実に強制されてやっとの事で統一政体を作った我々に、一つの『道具』を投げ与えた。それがこれ――軌道エレベータだ」

「それが、『成人のお祝い』……」

「そうだ。自らの有り様を定義し、自分の意思でこの針を登り切った知性体だけが、銀河という共同体の一員として認められる。これは贈り物であると同時に、過酷な祝い(のろい)でもあった」


 僕は改めて、スクリーンの向こうの古びた建造物を見つめた。

 今の僕たちが使っているテクノロジーから見れば、グラフェンのワイヤーを這い上がるようなそれは、あまりに原始的で、非効率な代物に思える。


莫大ばくだいな維持費をかけてまで、なぜ残しているんでしょう。今の技術なら、もっとスマートな記念碑を立てられるはずです」


 高分子ポリマーで構成された先生の顔に、少しだけ悲しそうな表情が浮かんだ。


「フジオカ君。どれほど時が流れて、生きる世界が移り変わっても人はやっぱり人なんだよ。人が来し方を把握はあくするには“起点”が必要なんだ」


 それはわかる気がする。いまなお恒星間船の中で生を終える人は少数派だ。星は違っても、最後を母星で迎えようとする人は多い。


「それにね、僕たちが泥の中で必死に掴んだ『蜘蛛くもの糸』を、効率が悪いという理由で捨てられるのはちょっとね?」


――苦笑じみてるけど、最後の言葉こそが本音なんだろうな。


 先生の世代にとって、これは単なるインフラではない。絶望という深い井戸の底にいた人類が、初めて『明日』という光を見た窓口なのだ。その窓口を巡って発生した凄惨せいさんな歴史も含めて。


「……僕たちの世代には、その思いと熱量は理解できないのかもしれません」

「理解しなくていいさ。君たちがその必要を感じないほど、人類は遠くへ来たということだからね」


 先生はそう言って、笑みと苦さを同居させながら僕の肩を軽く叩いた。

 その手は、歴史の重みをそのまま伝えるように、静かで、力強かった。


 スクリーンの中で、古びた銀の針が、遠い太陽の光を浴びて一瞬だけ鋭く閃いた。

 かつて、絶望に沈む人々が地上から見上げ、希望の象徴しょうちょうとして祈りを捧げたであろう、その輝き。


 僕は、自分の胸の奥に、さっきまではなかったかすかな『畏怖いふ』が芽生えるのを感じていた。


 学生生活をまっとうした僕らへのお祝いである卒業旅行の最終日。

 何も語ることなく静かにたたずむ『史跡』を僕は言葉もなく見つめていた。

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