2-3

 二回目の飲み会に一条が来る、と言った決定的な理由は、やはり「高梨さんが来る」ということだった。

「だってまた、変な男に絡まれるかもしれないだろ? 嫌がってんのにみんな見て見ぬ振りするしさ!」

 と、怒った顔で見てきた。

「でもさ、そんなの男と女のことじゃん。おれだって、本当に高梨さんが嫌がってんなら助けるよ。目の前でレイプされてるなら助けるけど、『いやだ』といいながら実はよかったりする場合もあるわけで、そんな無粋なことするのもなあ」

「ふざけんな。武田は既婚者だっただろ!」

 と、本気でキレた。なのでおれも、

「けどさ、この間のは高梨さんだって合意の上だったんだろ?」

「おまえ、何言ってんの?」

「もういいよ、隠さなくて。だって、武田先輩が高梨さん、すごかったって……」

 それでまたブチ切れて、「あの人と会わせろ。その噂を撤回させろ」と言い出し、本人に会って問いただした。武田先輩は、ただの冗談だ、と言い張り、「俺とじゃなくてもどうせあの女ならヤりまくってんだろ! マジになんなよ、うぜえな!」と逆切れした。「もしかして惚れてんのか? それでキレてんのか。だったらおまえも土下座でもして相手してもらえよ」……と言ったところで一条が「ふざけんな!」と、殴りかかった。それを慌てて止めたのだけれど、一条は本気で、本当の本気で「噂を撤回しろ」と迫った。さすがに武田先輩もビビったみたいで「わかったよ!」とは言ったけれど……それはまだ、果たせていない。

「おまえさ、わかってる?」

 帰りの道すがら、一条は言った。

「彼女がどんだけ怖い思いしたか」

「けどそれは……」

「じゃあおまえは、誘われれば嫌いな女とでもそういうこと、できんの? したくないときに強引にどこかに連れこまれて無理に『やれ』って言われて、できんのかよ」

「まあ……体が反応すれば、そうなっちゃうかもな」

「けど、女の人はそうじゃないだろ? 体が反応しなくったって、男が力で無理に押し切れば、行為自体は成立するんだよ!」

 そこで、息をのんだ。

 ……その通りだ。

 わかっていた。わかっていたつもりなのに。


 三度目に松本さんに呼び出されたのは、二回目の飲み会の翌日だった。

 会社から二駅ほど行ったところにある寿司屋だった。

「糖質制限してるのよね」とかなんとかいって、ネタだけ食べてご飯を残すんだったら、今回ばかりは席を立とう。

 そう決めていたのに、今回ばかりはおどろくほどに普通だった。自分の食べたいものだけを、食べられる分だけ頼んでいた。

 マグロの漬け握りをゆっくりかんで飲みこんだ後、あからさまなため息をついた。

「ほんと、一条君にはがっかり」

「……ん?」

「だって、昨日、一条君が持ち帰ったんでしょ? 高梨さんのこと」

「はあっ⁉」

 なんでそうなる? なんでそういうことになるんだああああっ!

 意味が分からず、エンガワの握りをつかんだまま動きを止めているおれを、呆れたように見てきた。

「あの、チャラい男……三枝だっけ? あの人と一条君と三人でホテルに行ったって……!」

 それ、3Pってこと⁉ 一体どんな話になってんだ⁉

「信じらんない」

 いや、信じられないのはおれの方。なにがどうして、どうなってるのか。

「亜里沙が見たんだって。チャラ男が高梨さん口説いてて、そこに一条君が来て、高梨さん連れて逃げたんだって。そしたらチャラ男が『こいつとならヤるのかよ!』 って追いかけて行った、って」

 亜里沙、というのは同期の田中さんだ。高梨さん、味方からも撃たれてんじゃん。

 なんかここまでくると、さすがにかわいそうになってくる。多分、きれいな人だからひがまれてるんだろうとは思うんだけど。

「大谷君、高梨さんねらいだったんだよね⁉ そのための飲み会だったんじゃないの?」

 松本さんが口をとがらせた。

 そうです。その通りです。あまりにも正しすぎて反論の余地、なし。

「もう、信じられない。一条君がそういう人だったなんて、本気で気持ち悪い。あたし、しばらく立ち直れない」

 一条とは友達だ。同期の中では一番仲がいい。誤解を解いてやんなきゃいけない。頭ではわかってるんだ。わかってるけど……どうしてもかばう言葉が出てこなかった。

 だって、気づいてた。

 一次会で近くに座ろうと思っていたのに、三枝と別の男に高梨さんの両隣を取られた。さて二次会に勝負をかけるか、と思っていたところ、店の予約が入ってなくて別のところを探したり、会員になったら安くなる、って言われて会員証作ったり、色々してカラオケルームに向かったら、すでに高梨さんがいなくなっていた。今回は武田先輩は誘ってないから、油断していた。三枝は、「俺、清楚な子が好みなんだよね。ああいう遊んでそうな女はちょっと」なんて言ってたから、まさか高梨さんを狙ってるなんて思ってもなかった。

 あれ、高梨さんいないな、と思ったら、

「ねえ、一条君知らない⁉」

 松本さんが慌てたように聞いてきた。

「トイレじゃないの?」

「カバン、ないんだけど」

「うそだろ⁉」

 なのに、別の奴らが、「もう少し延長しろ」だの「マイクが壊れてる」だの「注文していい?」とかぎゃあぎゃあ言うから、一条を探すどころではなくなって、そっちに関わり合っていた。結局二人は戻ってこなかった。

 色々不安になって、二次会が終わってからLINEを入れたら、一条から電話がかかってきた。

「高梨さん、もう少しで三枝に連れ去られるところだったんだぞ」

「ええっ!」

「すっげえ嫌がってた。三枝なんか、もう、ヤれるまで絶対に帰さない、って感じだったし。何度連絡しても、おまえ、出ないし。それで無理やり引きはがして駅まで送ったんだ!」

 一条は、めちゃくちゃ怒っていた。そして……おれも、一条から何度も電話が来ているのは知っていた。メッセージで済まさないところを見ると緊急なんだろうとは思ったけれど、こっちも色々忙しかったんだ。

 正直おれは、少しビビってたんだと思う。大学のサークルは、飲み会メインだった。武田先輩はその頃から強引で、おれはパシリをすることでどうにか目をかけてもらっている状態だった。三枝も、どっちかというとおれ側だった。ただ、チャラいという点で、おれよりも地位は高かった。

 だからって、高梨さんが襲われていい、というわけじゃない。頭ではわかってたんだ。一条はああ言っていたけれど、それでも誘われて行くっていうことは高梨さんだって口では嫌だと言いながら、まんざら嫌でもないんだろう、という、諦めの気持ちが入っていた。いや、自分に言い聞かせようとした。実際、三枝はチャラいが悪いやつではない。一条から話を聞いて、三枝にLINE をしたら、本人はひどく落ち込んでいた。

 本気で高梨さんを好きになってしまったこと。武田先輩が高梨さんの話をしているのを聞いて、憧れてしまったこと。告って振られるのが怖かったから、体の関係になれば、そのまま彼女になってもらえるかと思ったこと。本気で嫌がられてるのはわかったけれど、もう後には引けなくなってしまったこと。

 そんなことを言ってきた。だからおれもそのことを一条に話したら、納得はしてなかったけれど、理解は示してくれた。

 高梨さんは派手な感じの顔立ちだし、いつもかかとの高いヒール履いて、化粧もばっちりして、かなり近よりがたい。いつもビジネスライクのパンツスーツに身を包み、上着を羽織ってるからちょっとわかりにくいけど、すっげえ胸がでかい。でも本当はすごい読書家で、居酒屋が好きで、旅行したり、お笑いなんかも詳しくて……。

 はあ。

 高梨さんのことだったら、同期の中では一番わかってる自信があった。だから、安心してた。たとえはずみで三枝とワンナイトを楽しんだとしても、最終的におれとつきあってくれるなら許せる、くらいの気でいた。

「ごめんな。三枝がしつこかったって」

 と高梨さんにもLINEした。

「あー、全然平気だよ。慣れてるし。一条君に助けてもらったから」

 と、返してきた。むしろ、助けてもらってもそうでなくてもどっちでもよかったんだけどな、って思ってそうだった。

 ため息が重なった。ふと顔をあげたら、松本さんのちょっと苦しそうな表情があった。



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やりまくりの高梨薫子 月森 乙@「弁当男子の白石くん」文芸社刊 @Tsukimorioto

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