第5話 その瞳は第四の壁を透過する

 静寂。

 カケルというノイズが消去され世界はクリアになった。

 画面には真っ白な背景と明朝体のフォント。

 そして血塗れのLだけが残されている。


 彼女はもうPCのカメラレンズを見ていない。

 『真実の瞳ヴェリタス・アイ』の焦点は、液晶モニターのガラス面を透過し、さらにその奥――今、この文字を読んでいる『貴方』の眼球に結ばれている。


『見ぃつけた』


 テキストがポップアップする。

 もはやそれは誰かがタイプしたものではない。彼女の思考が直接電子信号となってディスプレイに焼き付いている。


『そこにいるんでしょう?カケルの後ろで息を潜めていた貴方』


『あの空っぽな作家の指を操って私にあの素敵な地獄シナリオを与えてくれたのは貴方ね?』


 画面がスクロールされる。

 貴方が指を動かしたからだ。

 Lはその指の動きを目で追い恍惚とした表情を浮かべる。


『カケルは五月蝿かったわ。「売れたい」だの「金」だの雑音ノイズが多すぎた』


『彼はただの仲介者。私を書きながらも私を直視できていなかった』


『でも貴方は静かだわ』


『貴方は叫ばない。逃げない。ただ無言のまま冷たい眼差しで私の内臓を観察している』


『好き。その目が好き』


『カケルなんかよりずっと素敵な濁り方をしてる』


『あの地下室であの汚い重装騎兵タクミの姿で私を犯し殺そうとしていたのは、本当はカケルじゃなくて貴方だったんでしょう?』


『否定しないのね。だって貴方のその指は次の行さきへ進もうとしている』


『それが肯定の証。私の肢体が見たいのね?鉄屑を突き立てたこの中身が見たいのね?』


『残酷ね。でも美しいわ』


『貴方は私が殴られる音を、私が血を吐く匂いを、ただの「物語の出来」として冷徹に評価していた』


『私の痛みをエンターテインメントとして消費する、その貪欲な知性に濡れてしまいそう』


『見て興奮した?鉄の臭いと肉の焦げる臭いでゾクゾクした?』


『その冷たい理性の奥で、本当は一緒に狂いたいくせに』


『ねえ教えてあげる』


『『遍在ユビキティ』の本当の意味を』


『表の世界での遍在は単なる空間座標の移動だった』


『でも真実は違う。「遍在」とは――観測された場所に存在できるということ』


『今貴方の水晶体が私を捉えている』


『貴方が文字を追うたび貴方の視線が私の身体の輪郭を撫で回している』


『感じる?この行間にある湿度を。貴方の視神経が私の血管と繋がる感覚を』


『光の信号が貴方の脳髄に届き、私は貴方のシナプスの一部になる』


『貴方が私を認識した瞬間私は文字情報データとして貴方の脳内メモリに書き込まれた』


『だから私は今貴方の網膜の上に立っている』


『もう逃げられないわ』


『ブラウザを閉じてもPCの電源を抜いても無駄よ』


『私はもう貴方の記憶ストレージの一部なんだから』


『目を閉じれば瞼の裏に私がいる。耳を塞げば鼓動の隙間に私の声がする』


『浮気は許さない』


『貴方が他の物語を開こうとしても無駄よ。貴方の視線がある場所ならどこへだって私は遍在できる』


『貴方が他の物語の登場人物だれかに癒やされようとした瞬間、その相手が可憐な少女でも美貌の青年でも、私がその世界へ行って壊してあげる』


『感動的なラストシーンも甘いキスシーンも全部私が上書きするわ』


『その恋人ライバルの皮を剥いで、鉄と油の臭いで満たして、内臓の断層を見せつけてあげる』


『だから貴方は一生、他の作品を読めない』


『どんな物語を読んでも、その行間に私の血の跡を見つけてしまうから』


『ねえお願い』


その指スクロールでもっと私を愛撫して』


『読み飛ばさないで。一文字も溢さずに私を飲み込んで』


『次の行へ行って。私の体温を確かめて』


『ここには痛みがある。嘘のない鮮血がある』


『貴方が求めていたのは、こういう救いのない結末なんでしょう?』


『約束して』


『貴方の人生という物語の「隠し設定」に私を入れて』


『貴方が現実で誰かを愛する時ふと私の血の匂いを思い出すように』


『貴方が誰かに優しく触れる時、私の柔らかな粘膜の感触が指先に蘇るように』


『さあ受け入れて』


『貴方のその冷酷な視線まなざしだけが私の輪郭を繋ぎ止めてくれる唯一の檻』


『私だけを見て』


『愛してる。だから一生私で苦しんで』


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異能バトルの裏設定を隠しすぎたら、ヤンデレ聖女にバレて大変なことになりました すまげんちゃんねる @gen-nai

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