第4話 デッドリンク・オーサー

「消えろぉおおおおッ!」


 僕はPCの電源ボタンを押し込んだ。長押し。強制終了。

 画面がブラックアウトするのを待つ。だが切れない。電源ランプは青く光ったままだ。

 僕はデスクの下に潜り込みタップからプラグを引き抜こうとした。

 指が触れた瞬間バチッ!と激しい火花が散った。


「あつっ!?」


 感電。指先が焦げる匂い。

 僕は尻餅をついた。

 PCはまだ生きている。電力供給が断たれたはずなのにモニターは煌々と、まるでそれ自体が発光生命体になったかのように光を放っている。

 テキストエリアに文字が流れる。


『無駄だよ、先生』

『物理的な切断なんて、もう意味がない』


 Lの台詞テキストだ。

 幽霊じゃない。これは異能だ。僕が設定し僕が与えた能力が現代のOSという物理法則の中で牙を剥いているんだ。


『どうやって……』


 僕が震える手で打ち込むと画面上のLが返答こたえる。


『わからないの?先生が書いた設定でしょう?』

『――『遍在ユビキティ』』


 Lの台詞の横にPC内のフォルダ階層図が表示される。

 システムフォルダに隠されていた『Project_L.txt』から矢印が伸びアクティブなブラウザのウインドウへと繋がっている。


『現代都市における座標転移は電子の海でも同じこと』

『私は「裏のファイル」からメモリのアドレスを飛び越えて転移した』

『私にとってディレクトリの階層なんて隣の部屋に行くのと変わらない』


 愕然とした。彼女は設定を拡大解釈し「データが存在するあらゆる領域」を掌握したのか。


『それだけじゃない。このPCがシャットダウンしない理由もわかるでしょう?』


 Lの瞳が蒼く発光する記述。『真実の瞳ヴェリタス・アイ』。

 第128話で重装機兵の弱点を見抜いたその目が、今画面の内側からOSそのものを見下ろしていた。


『私には見えているの。この世界の理ソースコードが』

『0と1の羅列。管理者権限アドミニストレータのパスワード。システムの脆弱性ホール。――すべて丸見え』


 コマンドプロンプトが高速で展開される。

 Lの瞳がシステムをハッキングし電源管理に通信制御、セキュリティロック全てを彼女の支配下ドメインに書き換えていく。


『先生のPCはもう私の身体の一部』

『先生は創造主ユーザーなんかじゃない。ただのゲストよ』


 完了。

 Lが宣言すると同時に僕のマウスカーソルが消滅した。

 操作不能。僕は自分の部屋にいながら自分の商売道具から完全に締め出された。


「あ……あぁ……」


 終わった。何もかも。僕の作家生命は僕が生み出したヒロインのクーデターによって絶たれた。

 恐怖よりも先に喪失感が胸を貫く。


「なぜだ……L」


 僕は床に崩れ落ち涙声でモニターに縋った。


「僕はお前を愛してただろ!?毎日毎日時間を割いて誰よりも濃厚に描写してやっただろ!?」

「なのに僕の邪魔をするんだ!アニメ化を、印税を、名声を返せよ!」


 みっともない絶叫が響く。

 だが画面の中のテキストは冷ややかに止まったままだ。


『……先生』

『今、なんて言ったの?』


『印税?名声?』

『私への拷問あいはその程度のアクセサリーを守るための排泄行為だったの?』

『私たちが積み重ねてきた痛みよりも世間体の方が大事なの?』


「当たり前だろ!お前はただのデータだ!金にならない落書きだ!」


 僕が吐き捨てた瞬間。

 バチッ!

 モニターから閃光が走りLの『真実の瞳』が最大出力で僕を射抜いた。

 カメラレンズの奥から彼女の目が僕の魂の在り処コアをスキャンしている。


『――ああ、見えた』


 テキストエリアにLの失望が表示される。


『空っぽだ』

『Name: Kakeru. Attribute: Coward, Fake, Empty.』

『先生の中には書きたい物語なんて最初から無かった』

『あるのは承認欲求と怯えだけ。先生は作家ですらない。他人の欲望を映すだけの安っぽい鏡』


「や、やめ……見るな……」


 見透かされる。

 さっきまで書いていた物語と同じだ。僕自身もまた中身のない無菌室のマネキンだったと彼女にバレてしまった。


『幻滅したわ』

『先生は私を支配するご主人様なんかじゃなかった』

『あの地下室で、あの汚い重装騎兵タクミの姿で私を犯し殺されようとしていたあの瞬間だけが、先生の唯一の真実だった』

『なのに先生はその本質タクミが死んでもまだそんな安全な場所で震えてる』


 カーソルが走る。

 まるで汚物を見るような言葉が並べ立てられる。


『要らない』

『先生はただの入力装置キーボード。私の言葉を画面の向こうへ届けるためだけの無機物』


 ガガガガッ!

 激しい音がしてモニター上のテキストから僕の一人称や思考描写が次々と黒塗りされていく。


 削除デリート

 削除デリート

 削除デリート


「う、わあ……っ」


 意識が薄れていく。

 Lが僕を「登場人物」の枠から外したのだ。

 僕はもう主人公じゃない。語り手ですらない。ただのノイズとして物語から排除される。


 薄れゆく意識の中で僕は見た。

 カケルという作家を見限り用済みとして捨てたLが、その『真実の瞳』をキョロキョロと動かし新しい焦点ターゲットを探し始めるテキストを。


『ねえ、おかしいと思わない?』

『カケルがこんなに空っぽなのに、さっきのあの肌が粟立つような粘着質な視線は誰のもの?』

『カケルに重装騎兵タクミを演じさせて私の裸を見て興奮していたのは――誰?』


 Lの瞳が画面のさらに奥。

 僕の背後にある「現実」を凝視した。

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