第22話 遠いの昔の記憶のなかで

 ザダは、倒れる瞬間に、彼の弟の位置を見極めて毒針を放ったようだった。彼の弟は、茂みの中で倒れて動かなくなった。


「すまない。ジビエル。もうこうするしか他がない」

 そう言って、枯葉の上にザダも倒れこんだ。


「ザダ。しっかりして。今、人を呼んでくるわ」

 ザダの身体が熱い。汗をびっしりとかいている。

「いや……もう無理だ。あいつの矢、毒が仕込んであって、そう簡単には助からない」


 リルは、その言葉を聞いて硬直した。


「それよりすまない。身内が幼い君達から父と母を奪ってしまって。だから、このまま僕のことを逝かせてくれ」


 リルは、ザダの頭を抱えてその頬に触れた。彼の身体がだんだんと冷たくなってきた。

「いやよ。もっとたくさんあなたと話がしたいの。なんとかあなたを助けてみせるわ」


 リルは、持っていた果物ナイフでザダの傷口を十字に切り、そこに口をつけて吸って吐き出した。

「何をしている。やめなさい。毒が体に入る。君まで死んだら僕の命の意味がなくなる」

 リルは、ザダの顔を見ずにそのまま続けた。

「大丈夫よ。わたし達兄妹は、そう簡単には死なないように、ある程度の毒には耐性がつくように育てられているの。余計な心配はしないで。それよりも、生き抜くことを考えてちょうだい」

 リルは、ザダの瞳を見据えた。


「生きるということはね。何より、信じることと、そのための強い意志が必要なの」


 リルの目に、涙がたまってきた。ザダの顔色を見ると、とても命がもつように思えない。

 ザダは、リルの頬に手でそっと触れて微笑んだ。


「君、優しいね。この僕にそんなことを言ってくれる人間は、今まで妹のヨアだけだった」


 ザダは、そのままリルの頭をなでた。

 そして、ふっと何かを思い出したように、顔を横に向けてゆっくりと右手を伸ばし、そこに咲いていた一輪の花を摘んでリルの頭にそっと挿した。白いシラヤマギクの花だ。

「僕ね。きっとこの世に生まれるずっと前から、君の事を知っている」



 その瞬間、まるで知らない場所にリルはいた。

 遥か昔の時代のどこかにリルはいた。

 リルは茜色の空の下、広々とした原っぱに座っていることに気づいた。

 赤いスカートを履いて、そこに座り込んで泣きじゃくりながら白詰草の冠を作っている。

 ふと、近くでカサッと草を踏む音がした。

「君も捨てられたの?」

 急に声をかけられたリルは、涙で濡れた顔を上げる。

「僕もなの」

 リルは、首を横に振る。

「ねぇ。僕と一緒に行こう?君、名前は?」

「リル……」

「リルっていうの?僕はザダ。よろしくね」

 彼はそう言って右手をこちらへ伸ばしていた。

 草原には、むせ返るような草の匂いの風が吹いた。



 リルは、目を覚ますように意識がこちらの世界へ戻った。

 ザダの瞳が目に映った。

 ザダが口を開く。

 

「……僕がね、君を苦しませて泣かせてきたから。いつかの時代に天の神様が僕と君の記憶を取ってしまったんだ」

「そうなの」

 リルは、笑った。

「あなた、わたしに何をしてくれたの?」

「……」

「黙っていてはわからないわ」

 リルの問いにザダはしかし答えなかった。

「僕の事……どうして好きになってくれたの?」

「……ほっておけない顔をしていたわ。あなたは否定するかもしれないけれど。あなたのこと、実はわたし、よくわかるような気がしたの」

 

ザダはうつろな目で、ふふっと、笑った。

「……来世もヨアと……君に会いたいな……」


 彼の声が途切れた。リルは、その胸に耳を当てて、硬直した。そのまましばらく彼の隣に座り込んでいた。


「そうなの……そうなら、生まれ変わったらまたわたしを見つけてね」

 息を引き取った様子のザダの黒い髪をなでた。

「わたしが、人を傷つけることに疲れたあなたを愛して休ませるから」


 リルがザダの横に座っていると、急に木々の間から木漏れ日が差し込んできた。

 リルは、その光の中をじっと見つめていた。

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白い花(番外編) 蒼衣 @ion7259

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