月下の収穫祭

桐沢清玄

祝祭の準備

「そういえば、アマル。今回の収穫祭、お前の幼馴染みが生贄をやる事になったぞ」


「……何だって?」


 夕食の時間、父親の何気ない一言。食事の匂いに交じって漂ってくるのは、まじないに用いる香。棚には鹿の頭骨が鎮座していて、香油でよく磨かれていた。


 アマルの家は呪術師として、先祖代々村の中で仕事を任されていた。その事について疑問など持つはずも無かったし、おかげで家具や食器、食卓に並ぶ肉なども質が良かった。


 そんな彼にとって、幼馴染みのシサは大切な存在であり、好意を抱く異性だった。


 あいつが、生贄──。


 誤魔化すようにスープを口に運んでも、味はしない。

 まるで、泥か何かをすすっているようだった。


 “それ”が何なのか、アマルは分からなかった。いずれ、シサと夫婦になると思っていた彼にとって、耐え難いものだった。


「……父さん、何かの間違いじゃないか? 本当に、神様はシサを選んだのか」


「なんだ、アマル。俺はまだ呪術師として現役だぞ? まあお前も、なかなかだとは思うがな」


「そうよ? あなたがシサを好きなのは私たちも知ってる。でも、これは神様が決めたこと。なら、従うしかないわ」


 両親の言葉に対して、アマルは何も言い返せなかった。やり場の無い、自分の中に渦巻く何か。

 それを胸に抱えたまま、その日は眠りに付いた。




 次の日、アマルはシサの家を訪ねた。生け贄となった者の中には事実を受け入れられず、檻に閉じ込められる場合もあるが、シサもその家族も協力的だ。

 なので、このまま収穫祭の日まで過ごすのだろう。敬虔な信徒なのは、喜ばしい事。本来なら、それで済む話だった。


「おはよう、アマル! こんな時間にどうしたの?」


「……おはよう、シサ。少しいいか?」


 朗らかな表情で、いつものように笑いかけてきた彼女。

 自分は、おかしくなってしまったのか。

 そんな気持ちを抱きながら、アマルはシサを散歩へ誘った。


 川辺に辿り着いて、二人で座った。


「なあ、シサ。一緒に逃げてくれ。俺は、お前を生け贄にしたくない」


「……アマル、どうしたの? あなたが、そんなことを言うなんて」


 口に出してしまったその言葉で、彼はようやく理解した。

 シサを失ってしまう。自分は、それがとても怖いのだと。


 言葉が思い浮かばず、代わりにシサの目を見た。

 ──綺麗だ。恐怖も、迷いも無い。

 彼女自身は、生け贄になる事を名誉に思っている。


 例えそれが、木の柱に縛り付けられ、生きたまま焼かれるのだとしても。


 アマルの中で、信仰に迷いが生じた訳では無かった。

 ただ単に、生け贄の対象がシサであるのが嫌というだけ。


 ──そんな彼にたった今、ある天啓が訪れた。


 静かに流れる川の音と、鳥のさえずり。そして、相変わらず綺麗なシサ。

 ありふれていて、かけがえのない存在。

 アマルにとって、どちらも必要だ。だから、守らなければならない。


「俺なりに、考えてみた。今回の収穫祭、生け贄の数を増やしてもいいんじゃないかなって」


「……どういうこと?」


「シサ、よく考えてみてくれ。神様っていう偉大な存在に、そもそも生け贄一人ってのがおかしい。神様だって、食べ足りないんじゃないか?」


「確かに、そうかもね」


「だから今回は、今までの分も込めて村のみんなを生け贄にしようと思う。収穫祭の当日、食事に眠り薬を混ぜて村ごと焼くんだ」


 それぞれの家で食事を済ませた後に、村の中央で集まり生け贄は捧げられる。

 薬の調合に長けたアマルであれば、十分可能だった。


「うーん。そんな適当な感じで生け贄にして、神様は怒ったりしないかな?」


「大丈夫だって。きっと、満足してくれるさ」


「……でも、その後は私たち二人だけになっちゃうね」


「そうだな。だから俺達で、新しい村を作ろう。村が大きくなるまでは、鶏や鹿を生け贄にするんだ。神様も分かってくれるはずさ」


 信仰と、シサに対する独占欲。

 それらを両立するアマル自身に、矛盾は無かった。

 後はもう、捧げるだけ。


 いつの間にか、膝に蝶が止まっていた。

 近くに咲いていた花を摘み、そっと近づける。

 蜜を吸う蝶を二人で眺めてから、村に帰った。




 そして、収穫祭当日。いつもなら騒がしいその時間は、静寂に包まれていた。アマルとシサは、香り付けと滋養の為という事で、村中の夕食に眠りを促す粉を振りかけた。


 誰も、二人の行いを疑わなかった。信仰心の篤い若者に、感謝の言葉を投げ掛けてさえいた。


「村のみんなはちゃんと眠ってるみたい。……じゃあ、やろっか」


「ああ。髪を焼いたりしないよう、気を付けろよ」


 月明かりの下、村中の家に火を放っていくアマルとシサ。

 どこか楽しそうなシサを、静粛にとアマルが諫める。

 月はただ、黙っていた。


 あっという間に村は火に包まれ、二人は丘の上を目指して走った。

 捧げるだけではいけない。祈りを欠いては、儀式にならないのだから。

 

「はあっ、はあっ……。 ははっ、凄い! 見ろよ、シサ! 大きな炎だ!」


「はー、はー、はーっ。……うん、凄い! きっと、神様も喜んでるね!」


 燃えさかる祝福の炎に照らされながら、二人は祈った。

 今までの感謝と、これからの門出と繁栄を。




「すみません、族長さん。急に訪れた私に、こんなに良くしていただいて」


「いえ、お気になさらず。それと、私のことはアマルとお呼びください」


「はい、あなたがそう仰るのでしたら。……それにしても、アマルさんもシサさんも、お若いのにしっかりしていますね」


「ふふっ。この人、最近はちょっとだらしなくて。もうすぐ三人目が生まれるから、夫にはちゃんとしてもらわないとですね」


 そう言ってから、シサは大きくなったお腹を撫でた。アマルはそんなシサの手を握り、偶然立ち寄った旅人に仲の良さを見せつけた。


 二人が作り始めた村は、今や以前の村より規模が大きくなっていた。

 ひたすら真面目に働き、産んで育てた。

 村の皆も彼らを慕い、同じ神を信仰している。


「今日は、丁度お祭りなんです。急な話ですが、主役はあなたにやってもらいますよ」


「へえ、そうなんですか? この辺りには始めて来たので、それは楽しみだなあ」


 旅人ははにかむように笑いながら、アマルから杯を受け取る。

 月に照らされた村は、その日も神に祈りを捧げた。

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