どうも、桐沢です。
最近、姉からもらった魔法騎士レイアースを読み返しました。
小学生の頃、なぜか自分は「姉萌え属性」を鳳凰寺風に感じていたのですが、今読むと少し不思議ですね。
風には空というお姉ちゃんがいて、立ち位置としてはどちらかというと「妹」キャラです。
作中で言うなら、「海とアスコットの関係性」の方が、今の言葉で言えば分かりやすい“お姉さん”構図ですよね。
それでも当時の自分は、凛として綺麗な龍咲海よりも、おっとりした雰囲気を持ちつつ、物語序盤から自然に気遣いを見せていた風に惹かれていました。
面白いのは、作中で風がフェリオといい感じになっても、当時は特に何も思わなかったことです。今読み返しても、普通に楽しめています。
今ならBSS(僕が先に好きだったのに)というジャンルが成立するくらいですから、
もしレイアースが今の時代に生まれていたら、風とフェリオがいちゃつき始めた時点で読むのをやめていた……かもしれません。
……流石にそれは無いかな?
そもそも女性向けの作品ですし、そういう要素が含まれるジャンルだという認識は当時からありました。
というか、イーグルとジェオの関係性も、改めて読むと微妙にブロマンス的な空気を漂わせていますし、
読み返してみると、本当に無数の矢印と×が飛び交う物語ですね。
余談ですが、私自身が初めてBSSの気持ちを実感したのは、ギルティギアという格闘ゲームでした。
そう、カイ=キスクとディズィーの二人です。
もう私がギルティギアをプレイすることは無いでしょうヽ(`Д´)ノ
でも当時は、キャラクターは「自分のもの」ではなく、
あくまで楽しませてもらっている存在でした。
物語と読者の距離が、今よりずっと遠くて、ある意味では健全だったのだと思います。
キャラへの自己投影や所有感が強くなった今のエンタメと比べると、
同じ作品でも感じ方が変わるのは、当然なのかもしれません。
それでも、風を好きになった理由は、今読んでもちゃんと分かる。
時代が変わっても、好きだった記憶まで否定する必要はない。
そんなことを、懐かしい作品から考えさせられました。
年末になんでこんな怪文書を書いているんだという気持ちになりつつ、
今年はこんな感じで締めようと思います。
それでは、また。