ねえ、ちゃんと風呂に入ってる?

独立国家の作り方

祝いの宴を

「ねえ、ちゃんと風呂に入っている?」

 

 小学5年の高坂 充こうさか みつるは、同じグループの三橋 二郎みつはし じろうにそんな事を聞いたのは、給食が終わった昼休みの事である。

 この「ねえ、ちゃんと風呂に入っている?」と言う質問は、句読点を外して読むと「姉ちゃんと風呂に入っている?」となるため、うっかり「うん」と答えることで、お姉ちゃんと未だにお風呂に入っているスケベな男子、となる一種のひっかけ問題であった。 

 多感な小学5年の男児は、この姉との入浴を疑われ、クラスの好きな女子から変態扱いをされる事をなにより恐れるものである。

 そんな、大人となってしまえば心の底からくだらない話であっても、やはり小学5年生の男子は、一番そう言う事を気にする年齢と言える。

 充は二郎が間違えて「うん」と言ってしまうその瞬間を待ちわびた。そして、その待望の瞬間が訪れる。


「・・・・うん」


 充は、その返事を待っていましたと言わんばかりに声たかだかと言い放つのである。


「えー? なに二郎、お前、姉ちゃんと風呂に入ってんの? マジでー? 何こいつ、超ヤラしいんですけどー! 皆さん聞いてください、三橋二郎君はお姉ちゃんと一緒に風呂に入っているそうです!」


 普通なら「違うよ!」「何言ってんだよ! 間違えたんだよ」などと必死に言い訳をする。で、それをまた冷やかす、と言う無益なスパイラルが始まる。

 しかし、この時二郎が放った言葉は、充が期待しいていた以上のものと言えた。


「・・うん、入っているよ、姉さんと風呂に」


 それまで大声で「皆さん聞いてください」と言っていた充の動きが止まった。

 まさか、あの言葉少ない二郎の口から、姉との入浴に関して新たな情報が得られようとしていたのだから。

 

「マジかよ! こいつ、本当に姉ちゃんと風呂入ってんのかよ! ウケるんですけどー! 超エロくないですかー!」


「ああ、笑ってくれても構わない。僕は姉さんと昨日も風呂に入ったし、これからもそうするつもりだから」


「・・・・へー」


 とても大人な雰囲気でそう言い放つ二郎の言葉に、充は思わず調子を狂わされてしまう。

 しかし、この話はそこで終わらなかった。


「僕はね、姉さんの事を愛している。正直、将来結婚したいと考えているんだ」


「・・お前、姉ちゃんと結婚とか、何言ってんの?」


「世間一般では、それはおかしい事かもしれない、でも、僕にとってそれは大きな問題にはなり得ない」


「・・・・そうかよ」


「聞いてくれよ、姉さんはさ」


「いや、もういいって・・・・マジ、キモイんだけど」


「それは君の主観だよね」


「なんだよ、お前は『ひろゆき』かって。二郎な! お前はひろゆきじゃなくて二郎!」


「誰だよひろゆきって。そんな事より充、君は僕の姉さんとの秘密に触れてしまった・・・・だから君は聞く権利を持っている」


「・・なんの権利だよ!」


「僕の・・・・姉さんの秘密を、ね」


「いや、怖えーよ、何だよその秘密結社への勧誘みたいなセリフは?」


「姉さんは、僕の全てなんだ」


「聞いてた? お前の姉ちゃんの事なんて興味ねえよ!」


「・・・・貴様、今、なんて言った?」


 急に口調を変える二郎に、充は変な地雷を踏んだという事にようやく気付くのである。

 これなら「手袋」を反対に言ったら? の質問にしておけば良かった、と。


「なんだよ、もう止めようぜ、キモイんだよ」


「姉さんはね、多分天使の生まれ変わりなんだ。でも、大人しくて友達もいない、だから僕が守ってあげなければならないんだよ。僕を天使の如き姉さんを守護するために神から使わされた戦士なんだと思う」


 充は、普段口数少ない二郎の触れてはいけない部分にガッツリと触れてしまった事に後悔をし始めていた。

 二郎はヤラしい、と言うのを周囲に知らしめて笑いを取ろうとしていた充であったが、変態的シスコンの会話に巻き込まれ、周囲は二人から一定の距離を取り始めた。

 クラスの全員が、素知らぬ顔をしながら、このセンシティブな話に耳を傾けた。それは担任の教師も同様に。


「中学に上がった時、姉さんは僕と一緒にお風呂に入るのはこれが最後だって言ったんだ。でもね、それは僕にとって世界の終わりを意味していた。なあ充、そう思うよな」


「え? ・・あ、うん」


「そうだろう、そうだろう。やはり思うよな。そうなんだ、僕もそう思ったから、台所の包丁を取り出して、それを喉に押し当てて『そんな事を言うなら、僕は死ぬ』・・って」


 『って』じゃねえよ、と充は思いつつ、いよいよおかしな階段を上り始めたこの会話に、収拾の目途は立っていない。


「そうしたらね、姉さんは『あなたが死んだら、姉さん悲しいよ』って僕を抱きしめてくれたんだ! なあ、凄いよな、僕は人生最高の瞬間を手に入れたんだ。だから神に祈ったよ、今この瞬間を祝福せよ、祝いのうたげを開催せよってね」


 いやあ、神様もずいぶん面倒な事に巻き込まれたものだと憐れむ充であるが、傍から見れば充も十分に巻き込まれた側である。


「そして、僕たちの宴が始まった。姉さんはゆっくりと服を脱いで、僕を誘ったんだ」


「ちょー! ちょっとまて! そこまでは聞いてねえよ! 大丈夫かその話、ここ小学校だぞ!」


「どうした充? 君が聞いたんじゃないか、姉さんと風呂に入っているのかって」


「あ・・今の流れ、風呂に入る場面のやつね・・・・うん、で?」


 ああ、充は聞いちゃうんだその先、とクラスの誰もが思った、担任教師も。


「姉さんの些か未熟さを残したうるわしの身体に、僕は昨日と違う何かを感じていたんだ」


 俺も昨日と違うお前を感じるよ、と心の中でツッコミつつ、一体何があったのか意外と気になる充。

 そもそも、自分の姉の身体に『些か未熟さを残した麗しの身体』って表現がもうオッサンの域に達している。


「そして、姉さんは僕にこう言ったよ『洗ってあげるから、こっちにいらっしゃい』・・・・ってね!」


 なんだろう、単に姉弟で風呂に入っている話のはずが、とんでもないイベントに遭遇したかようなこの感覚。そりゃ言うだろ、洗ってあげるからって、風呂場なんだから。


「僕が何をして欲しいのかが解る姉さんはね、僕にとって最高の理解者だと思うんだ。だって、この感動を、この胸の高鳴りを、どう表現したらいいと思う?」


 んな事聞かれても、と充。

 自身には弟しかいないため、なんだか未知の世界である。


「でもね、僕が姉さんの身体を洗ってあげるって言ったら・・・・」


「・・何だよ」


「・・・・姉さん『それは、ダメ』って断ってきたんだ」


 そりゃそうだろ! とクラス中がツッコミを入れた。

 さすがの姉も、さぞ貞操の危機を感じたに違いない。


「どうして姉さんは、断ったと思う?」


 聞く? そこ聞いちゃう? とクラス中の男女


「・・・・知らねえよ」


「僕は思うんだ、本当は姉さんも洗いっこしたかったんじゃないかなって」


「解んねえよ、ってか、まだ続くのか? この話」


「当たり前だろ、大丈夫、昼休みは未だ23分も残っているから」


 ああ、この話、まだあと23分も続くんだと充とクラスのみんな。


「でも、こうやって姉さんの素晴らしさについて語ることが出来た今日の昼休みは、本当に収穫だったよ」


 一体、自分は何を収穫されてしまったんだと思いつつ、正直まったく素晴らしさが伝わってこない。


「勘違いしないでくれよ、僕は裸の姉さんだけが好きなんじゃないからな、服を着ている姉さんだって・・・・心の底から愛している」


 あー、まあ、そうでしょうね、と思いつつここまで風呂の話をしてきたのに、ここから服を着た姉編? と不安が残る。


「姉さんはね、中学の制服が似合うんだ。三つ編みでメガネをかけていてね、文芸部に所属しているんだよ。こうして瞳を閉じると、姉さんの制服の匂いを感じることが出来る。あの制服の姉さんに顔を埋めたくなる衝動に駆られる、そうだろ?」


 そうだろ、と言われても、そうなの?

 どうして二郎は自分を変態の領域に引き込もうとするんだろうと。

 充は二郎の衝動に、変態オジサンの才能を見た気がした。

 すると、二郎が何かブツブツと言いながら震えはじめた。


「どうした? ・・寒いのか?」


「・・・・姉さん・・・・姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん」


「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い! どうした二郎! 祟りか?」


 ぜいぜいと呼吸を荒くする二郎は、充の一言で少し冷静さを取り戻した。

 いや、本当に怖いんだが。


「・・・・ああ、大丈夫、姉さんの事を考えると、たまに発作が起こるんだ」


 あったか? 今までそんな事。

 そもそもそれは発作なのか? 

 もはや精神が風邪をひいたレベルの話ではない。

 しっかりと病院へ行った方が良いのでは? と、担任の教師。


「そうだ、充、今日うちに来ないか? 僕の姉さんコレクションを君に見せてあげたいんだ」


 変な宗教にでも勧誘されている気分になる充であるが、何なんだ「僕の姉さんコレクション」って、とそこは心から不思議に思うし・・・・ちょっと興味があった。


 こうして(こうして?)、充は放課後二郎の家に遊びに行くこととなった。 

 クラスメイトの憐れみに似た表情を横目に、二人は家路を急いだ。

 担任は「何かあれば直ぐに連絡を入れるように」と一言。

 ・・多分、事態の異常さを理解しての事だろう。


「あら二郎ちゃん、お友達?」


「あれ? お姉ちゃん、どうしたの? 早いんだね。部活は?」


「今日はテスト期間中だから無いのよ。そちらはクラスのお友達かしら?」


「そうだよ、席が近くなんだ。こちら高坂 充君(11)」


 なんで年齢を入れた? と思いつつ、この時充には衝撃が走っていた。

 イメージしていた二郎の姉よりも、少し大人しい印象を受けるものの、清楚な制服姿に少し大人な雰囲気、それにちょっといい匂いもする。

 昼休みに散々聞かされてきた入浴の場面が妙にちらつく。


「あの・・・・こんにちは、高坂です」


「あら、そうなのね。いつも弟がお世話になっています」


 充はこの時、胸の高鳴りを感じていた。

 なるほど二郎の言う事は解る気がする。

 そして、自分は意外とこのような清楚系の女性が好みなんだと知ることとなった。

 それでも、ここでうっかりお姉さんを好きにでもなったら、多分自分は二郎に殺されるんだろうな、と普通に思った。




~おわり~

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