読み終えたあと、胸の奥にぬくもりと、冷たい棘が同時に残る
- ★★★ Excellent!!!
読み終えたあと、胸の奥にぬくもりと、冷たい棘が同時に残る──そんな余韻の強い作品でした。
まず秀逸なのは導入です。
「拡散希望」「人語を話すクマ」という、現代SNSの軽薄さと怪異の相性の良さを使いながら、都市伝説めいた不安を一気に現実へ引きずり下ろす構成が巧みでした。動画の描写も具体的で、「並ぶクマ」「唸りによる応答」という異様さが、読者の想像力を静かに刺激します。
中盤の交渉パートは、この物語の芯です。
プレジデントという存在は「怪物」でも「侵略者」でもなく、資源不足に直面した理性的な知性体として描かれており、単純な善悪に落とし込まれない。
特に印象的なのは、
人間側の法と倫理が「知性を持つ存在」を前にして急に脆くなること
交渉に応じざるを得ない優しさが、同時に弱さでもあること
このあたりが、説教臭くならずに物語の流れで提示されている点が非常に上手いです。
終盤、物語は一気に温度を変えます。
シャケの焼き方、ピクニック、子どもたち、写真。
あまりにも幸福で、あまりにも日常的だからこそ、読者の警戒心が溶ける。その直後に差し込まれる「これは罠かもしれない」という一文が、静かに背筋を冷やします。
そしてラストのSNS投稿。
ここが本当に残酷で美しい。
健全で幸せなこの時間が続けばいいな
この願いは純粋であるがゆえに、
「拡散希望」という言葉が、無自覚な布教・侵食・加担にも見えてしまう。
最初の拡散と、最後の拡散が円環を成し、読後に「私なら拡散するだろうか?」と問い返してくる構造が見事でした。
総評するとこれは、
異種知性とのファーストコンタクトSF
共存という名の緩やかな侵食譚
そして人間の善意そのものへの寓話
を、非常に日本的な距離感と湿度で描いた秀作だと思います。
優しさが必ずしも正義ではない。
疑うことが必ずしも悪でもない。
その曖昧な境界に立たされたまま、読者をそっと放り出す──
だからこそ、この作品は後を引く。
とても好きな一編でした。