第27話

修了式が終わった。

指定校組は合格を手にして、学校に残っているのは一般受験の人間だけになった。


「ヴィクトリーマラソン」という名の、一般組限定の自習イベント。

講座は別にあったから、参加しなくてもよかった。

それでも、俺は参加した。


理由は簡単だった。

学校が終われば、しばらく瑠璃に会えなくなる。


会いたかった。

ただ、それだけだった。


静かな教室に入ったとき、最初に目に入ったのは、

机の上に置かれたままのブランケットだった。


瑠璃のものだと、すぐにわかった。


なんで持ち帰らなかったんだろう。

洗わないのか。

そんな、どうでもいい疑問が浮かんでは消える。


誰もいなければ、包まりたかった。

けれど男友達がいて、それは叶わなかった。

だから、その日は何もせず、ただ視線を逸らした。


数日後。

音楽部、吹奏楽部、チアリーディング部が参加する学校イベントがあった。

瑠璃は音楽部だった。


前日の練習で、久しぶりに瑠璃を見かけた。


きれいだった。

言葉にすると陳腐になるくらい、きれいだった。


話しかける勇気はなかった。

目が合うだけで、精一杯だった。


そして、一年の終わりが近づいたある日。

教室には、俺ひとりしかいなかった。


ブランケットは、まだそこにあった。


少し迷った。

でも、意を決して、それに触れた。


包まると、懐かしい匂いがした。

不思議と、胸の奥が静かになる。


あのバスで隣に座ったときと、同じだった。

言葉はいらなかった。

ただ、そこにいるだけで落ち着いた。


今まで何度も我慢してきた衝動が、

抱きしめる代わりに、胸の内側でほどけていく。


そこで、ようやく気づいた。


瑠璃は、

俺にとって、ただの「好きな人」じゃなかった。


支えで、

基準で、

戻る場所だった。



俺が瑠璃の存在に気づいた、その一方で、

あの日、俺は瑠璃にとっての「支え」である自分が、何も言わずに、その役目を放棄していたのだと。


胸が締めつけられた。

涙が出た。


なんて、酷いことをしたのだろう。


抱きつきたかった気持ちも、

言えなかった想いも、

全部、ここに遅れて押し寄せてきた。


瑠璃に抱きつかれているような感覚に、心が満たされて、

同時に、取り返しのつかないことをした自分を、はっきりと理解した。


俺はスマホを取り出し、

瑠璃のLINEとインスタのブロックを解除した。


履歴は、何も残っていなかった。


少し、寂しかった。

でも同時に、これは「やり直し」なんだと思った。


なぜブロックしていたのか。

理由は簡単だ。


あいつだ。


あいつ俺たちの境をくっつけないようにしてくる。

話すことだけじゃなかった。

連絡も、確認も、すべて縛られていた。

一ヶ月に一度、確認があった。


怖かった。

それだけだった。


でも、今は違う。


俺は勇気を出して、

瑠璃にメッセージを送った。


返事が来るかは、わからない。


返事が来るかどうかは、わからない。

この物語に、答えはない。


ただ、

ブランケットの温もりだけが、

俺に「まだ終わっていない」と教えてくれた。


終わりも、始まりも、まだ見えない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

残った布切れ――沈黙の余韻 @shunnna0829

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画