第2話 遡る時の中で

「……ねぇ、春人。今日って何月何日だっけ?」

「ん? 今日は11月19日だな。それがどうかしたのか?」

「んーん。なんでもない。ありがと」


 幸子は30日連続で春人に日付を聞いている。

 春人は何の疑問も持たず、表情も変えないまま素直に答えてくれる。

 幸子にとって30日連続の同じ質問でも、春人にとっては今日が初めての質問なのだからなんら不思議ではない。


「(もう……いや……!)」


 幸子は疲れ切っていた。

 自分が眠る度に時が1日戻る。

 それが1ヶ月連続で起きるとなると恐怖を通り過ぎて絶望が胸中を締め付ける。


 幸子はこの遡る時の中で必死に抗いはした。


 まず相談。

 春人、友人、教授、そして母親。

 知り合いに自分の状況を説明するが、みんな幸子のことを笑い飛ばした。

 だけど母親だけは幸子を心の底から心配し、病院に連れていかれたりもしたが、幸子はすこぶる健康体という結果だけが分かった。

 判明したのはこの件に関して誰かに相談しても無意味であるという事実のみだった。


 次に徹夜。

 寝て起きたら時が戻るのなら眠らなければいい。

 幸子は24時間以上起きたまま居たことがあった。

 結果、無意味。

 起きている間は確かに時が戻らなかった。

 しかし、眠気に負けた瞬間、その分時も戻る。

 今日が11月19日ならば11月21日まで起きていたとしても、一度眠ってしまえば次に起きるのは11月18日なのだ。

 戻り続ける時には逆らえない。


 この戻り続ける時を有用に使おうとする気力すら起きなかった。

 過去に経験した日を恐怖しながら逆行するだけの日々。

 希望を持つ活力など湧くはずがなかった。







 幸子は18歳になった。

 否——18歳にまで戻った。

 18歳の3月15日。


「幸子。卒業おめでとう。そして大学でもよろしくな」

「……うん」

「なんだよ元気ないなー! さては泣くのを我慢しているなー?」

「……うん。泣きそう」


 今まで枯れるほど泣き続けてきた。

 もう零れる涙など幸子には残っていない。

 200日以上逆行した幸子は屍のような死んだ表情になっている。

 春人が心配そうに幸子の顔を覗き込む。


「本当にどうしたんだ幸子。様子がおかしいぞお前。何かあったならいってみ?」


 うん。何度も相談したんだよ。

 その度にキミは笑い飛ばしてくれたね。

 幸子は心の中で大きくため息をもらすと、ゾンビのような目で春人の顔をじっと見つめた。


「好きです。春人、私と付き合って」


 突然の告白。

 桃色っぽい雰囲気など一切ない。


「んな!? な、なんだよ!? きゅ、急にそんなこと言われても……!」

「…………」


 時が戻る前、幸子は春人にフラれる前に戻りたいと強く願った。

 ならばもう一度告白したらどうなる?

 おそらくまたフラれることになるだろうが、その際にもう一度強く同じことを願えばもしかしたら今度は時が進み出すのかもしれない。

 そんななんの根拠もない希望にすがるしかないほど精神が削り取られてしまっていた。


「よ、よろこんで。これから恋人としてよろしくな。幸子」


「(……えっ?)」


 叶った? 告白、成功した?

 なぜ恋が成就した? このタイミングで。

 高校までの春人は幸子のことが好きだったとでもいうのだろうか。ならばなぜ大学時代はフラれたのだ? 大学時代になってから堕落した自分をみて幻滅したとか?

 そういえば大学に上がってから毎日のように母親に関することで愚痴っていた気がする。

 そのせいで春人の気持ちは離れていってしまったのかもしれない。

 なにはともあれ春人と恋人同士になれたのだ。

 その事実は久しぶりに幸子の心に光を灯した。


「(そうだ。願おう。このタイミングで願うんだ)」


 ——神様。


 ——どうか、この幸せな時を戻さないでください。


 ——春人と一緒に未来を歩ませてください。


 ——お願いします。







「おはようございます。3月14日・・・・・のニュースをお届けいたします」


「……神様の……馬鹿」


 幸子の時空はまた一日前に飛ばされていた。

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2025年12月31日 17:00
2026年1月1日 17:00
2026年1月2日 17:00

幸せを願う子守唄 にぃ @niy2222

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