幸せを願う子守唄

にぃ

第1話 幸子19歳 幼馴染にフラれる

 12月19日。

 明日めでたく20歳を迎える幸子は絶望の渦中に居た。


 19歳の幸子は幼馴染に告白し、失恋した。

 同時に14年築き上げてきた幼馴染という関係にも戻れなくなり、幸子は激しい後悔に包まれていた。

 そんな幸子に一件の電話が入る。


「もしもし? 幸子? アンタ正月くらいは帰ってこられるの?」


 母親からだった。

 スマホの通知を見ずに出てしまったことを幸子は後悔する。


「……うるさいなぁ。こっちは今それどころじゃないの」


「アンタ——!」


    ピッ


 幸子と母親の仲は良くない。

 というより幸子が一方的に毛嫌いしていた。

 昔からああしろこうしろと小うるさく、それが嫌で高校卒業と同時に家を出た。

 幸子にとって母親とは自由を奪う鎖だった。

 一人暮らしをしている今でもそれは続いている。

 母親のことで苛立った時は必ず幼馴染の春人に愚痴を聞いてもらっていた。

 今はもうそれはできない。


「神様。お願いです。時を戻してください。春人に告白する前に戻してください」


 涙を浮かべる幸子は自室の天井を見つめながら寂しく二十歳の誕生日を迎える。



 ——はずだった。




   ◆




「おはようございます。12月18日朝のニュースをお届けします」

「……ん?」


 朝起きて習慣のようにテレビを付けた幸子は小さな違和感を覚えた。

 ニュースキャスターが口にした日付が違う。

 12月18日は一昨日のはずだ。

 だって今日は幸子の誕生日の12月20日。

 幼馴染にフラれて絶望の1年が始まるはずなのだ。


「ふふ。おっちょこちょいなキャスターさんだ」


 報道のプロでも日付を言い間違える時があるのだなと小さな笑みが零れた。

 フラれて痛んだ心が少しだけ癒された気がした。




  ◆




「いよっ。幸子。今日は同じ講義だな。一緒に行こうぜ」

「……えっ?」


 大学に着くと、昨日自分を振った張本人が明るく声を掛けてきた。


「(いやいや、普通昨日振った相手にそんな笑顔で声かける?)」


 いや、これは幸子に気を使った彼の優しさなのかもしれない。

 恋人にはなれなかったけど、友達であることは変わりないよな、みたいな。

 正直、失意の幸子には春人の気遣いはただ辛いだけのものだった。

 ただ、あまりに自然過ぎる春人の態度を少しだけ怪訝に思った。




 ◆




 明らかに変だと感じたのは山下教授の講義を受けている時だった。

 つい最近同じ講義を受けた覚えがあるのだ。


「あ、あの、教授。その内容は一昨日の講義で説明を受けたと思うのですが……」

「ん? そんなはずはないぞ。ちゃんと昨日の続きの内容だと思うが」


 首を傾げながら山下教授は他の生徒たちの顔を見る。

 皆不思議そうに幸子の顔を眺めていた。


「……あれ?」

「予習してきた内容が頭に残っていたのだろう。偉いぞ」

「は、はぁ……」


 予習などしていない。

 というより生まれて一度も予習などしたことない。

 ならばどういうことだろう。

 なぜ山下教授の授業内容を『過去に一度体験したことがある』ように思えるのだろう。


「(えらい既視感がある……)」


 講義内容だけではない。

 自分が座っている席の位置。右隣に座る春人。一番前に座っている眼鏡の生徒。一番後ろに座っているやかましいギャル。

 この席順すら映像として鮮明な記憶があるのだ。

 言いようのない気味悪さを感じながら幸子は一つの仮説にたどり着く。たどり着いてしまう。



 ——『神様。お願いです。時を戻してください。春人に告白する前に戻してください』



「(まさか……ね)」




  ◆




「あ、あのさ、春人。今日って何月何日だったっけ?」

「えっと……12月18日だな。大丈夫。心配しなくても明後日のお前の誕生日を忘れていたりしないって。プレゼントも用意してあるぞ」

「そ、そっか。ありがと」


 誕生日など正直どうでもいい。春人からのプレゼントというのは気になるけど。

 それよりも幸子は自身の仮説がいよいよ正しくなってきたことに冷や汗が止まらなかった。


「(本当に……春人に告白する前に戻れたんだ)」


 ループ。


 これが物語の世界ならどうやって新たなアプローチを掛けてやろうかと主人公は前向きに恋へアタックするのかもしれない。

 でも幸子は凡人。

 ループしたという事実が『喜び』よりも『恐怖』を与えてしまったのは無理のないことだった。


「ご、ごめん。ちょっと今日は具合悪いから帰るね」

「えっ? 大丈夫かよ? 俺が車で送るよ」

「んーん。いい。一人で歩けるから。また明日ね春人」

「あ、ああ。気をつけてな。お大事に」


 幸子は顔色を真っ青にさせながら、フラフラとした足取りで自宅にたどり着く。

 そして幸子はすぐにベッドに潜り込んで震えながら就寝した。



  ◆




「おはようございます。12月17日のニュースをお届けいたします」


「…………え?」


 朝。

 テレビを付け、ニュースを見る。

 ニュースキャスターの挨拶を聞いて幸子は戦慄した。

 12月17日。


「嘘……」


 また1日分、幸子の時は戻っていた。

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