【12日】290年08月~291年06月
【290年08月~291年06月】
資治通鑑原文3863文字(104/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
1/1-司馬衷-1/29
1/1-劉淵-2/2
1/4-慕容廆-2/26
陸機-1/25
劉琨-2/10
・準メインキャスト
1/1-司馬倫-1/23
1/1-張華-1/22
1/11-司馬熾-2/4
1/11-賈南風-1/22
八王
×亮×瑋乂穎倫冏顒越
【できごと】
始まる!? 八王の乱
始まりません☆
八王の乱。前回語ったとおり、これは「乱世のいきさつを八人で語る」だと思ってください。以後、いわゆる八王については名だけで呼びます。すなわち亮・瑋・乂・穎・倫・冏・顒・越です。それ以上の情報を理解しようとすれば、とたんにもろもろ訳がわからなくなるからです。封爵地と活動地点が別とか普通にありますからね。
皇帝として仕事すべき恵帝ですが、その才覚は父親の武帝からすら信頼されていませんでした。このため後見人には、武帝からの信頼が寄せられていた、と考えるのが妥当なのでしょう。その対象が、楊駿と亮。ならばこの両名が武帝死後に対立するのは、火を見るより明らかです。
一方の皇后、賈南風。当企画でふんわりと死亡した、賈充の娘です。賈充は高位にこそつきましたが、九品中正制からすると、やや評価の厳しい家門でした。このため皇后とはいっても強固な立場ではなく、特に楊駿に代表される弘農揚氏に比べれば、カスみたいな扱いでした。なので賈南風は亮を頼り、楊駿を陥れ、殺しました。更には瑋をそそのかして亮を殺させ、更に瑋をも殺しました。どう考えてもクソやばおばさんです。正直余計なゴシップ、たとえば別の后が妊娠していたのでその腹をかっさばいた、だなどといちいち書かず、このやべー動きだけ書いたほうがこのやべーおばさんのやばがやべーになったと思います。
そんなやべーおばさんの甥、賈謐は、このタイミングで危うい世の春を迎えました。権勢を得ると、当時の名士と呼ばれていた人物を自身のサロンに抱えます。賈謐二十四友と呼ばれる名士グループで、普通に考えれば危険な皇后の危険な親族の危険な集団になりそうですが、そういった評価はされていません。
なぜか。この集団に西晋後期の文学の金字塔たる陸機、西晋最後の武のあだ花となった劉琨が所属していたからです。
次の更新予定
【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝 ヘツポツ斎 @s8ooo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
二〇二六年の抱負by武藤勇城/武藤勇城
★3 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます