January 2nd

真白透夜@山羊座文学

January 2nd

 むしゃくしゃしていた。誰でも良かった。


 遊んでばかりいないで、そろそろ結婚しなさい。孫の顔がみたいのよ。


 弟夫婦の子どもがいるからもういいだろ。という言葉をビールと共に飲み込んで、年末年始の帰省はインフルエンザでキャンセルすることにした。


 大学時代から拓磨と付き合っていることは親には告げていない。あのババアに理解できるはずがない。今までも何回かカミングアウトを考えたが、きっといつもみたいに、「冗談でしょ」とか「いい女に出会ってないだけ」とか真面目に受け止めようとしないだろう。許せないのは、拓磨のせいにすることだ。親友と暮らしているから女っ気がないんだ、拓磨が俺の人生の邪魔をしていると。


 年末年始に帰らないことを拓磨に言うと、拓磨は「地元で同窓会があるから俺は帰るよ」と言った。うん、それはしょうがない。でも寂しい。31日から2日まで、一年の始まりのおめでたい日に拓磨がいない。


 それだけじゃない。同窓会のせいで二泊になった。拓磨はバイだから、まさかまさか万が一、肉食女子に目をつけられたら……と、拓磨に言うと、「んなわけないじゃん」と拓磨は言った。でもそこに、拓磨に相応しい女がいたら? 別れた方がいいのは拓磨の方であって。普通の幸せの可能性……拓磨の幸せを願うなら、出会わなければ良かったとか、そもそも俺が生まれてきたのが間違いだったとか。ため息と共にそれらの言葉も嘔吐物のように出てきた。


「またかよ」


 拓磨が吐き捨てるように言った。うん、また。最近何かあるとすぐ死にたくなる。会社はクソ、友達ともケンカをして、顔を出していたサークルも煩わしくなってやめた。だからもう拓磨しかいないのに。


「たまには一人になって、冷静になったら?」


 と、拓磨は言って、故郷に帰ってしまった。



 31日、朝からビールを飲み、ネトフリを見る。


「つまんな」


 すぐに次のドラマへ。


「つまんな」


 画面を消してスマホ。何を見てもイライラする。会社のグループトークにお正月の準備報告がアップされる。みんな偉すぎ。頑張って正しく年越しをしようとしてる。俺は年神様を迎える準備なんて何もできてない。拓磨と大掃除をする予定だったが、俺のネガ発言に嫌気がさした拓磨は友だちとの約束を入れた。距離を置きたい気持ちそのまま。そりゃそうだ。わかってる。わかってるけど、言わずにはいられない。消耗が激しい。何を捨てるかを決める元気がなくて、何年もそのままの書類が山になり、無責任な知人が押し付けてきた物も返せないでいる。


――世那さん、年末年始、どっか暇あります?


 会社の後輩、一路いちろから連絡がきた。


――暇だよ。2日まで。


――俺も暇なんで、飲みませんか?


――んじゃ、うち来る? ピザ頼もうよ。


――やった\(^o^)/


 一路は俺が拓磨と暮らしていること、つまりゲイだと知っている。スーパーで一緒にいるところを見られたことをきっかけに、一路もそうなんだとカミングアウトをされた。さらには、俺のことも好きなんだと。


 部屋を片付ける。ざっとゴミを捨て、掃除機をかけ、見せたくないものを棚に隠す。ただ友達が来るなら適当に寝室に荷物を移動させるが……そうしなかった。


 誰でも良かった。むしゃくしゃしていたから――



「配達じゃ無ければ二枚目無料なんですよ」


 一路が買ってきたピザを温める。テーブルに並ぶ酒、つまみ。流石にパスタは茹でた。


「拓磨さんと喧嘩したんですか?」


「してないよ」


「じゃあなんで俺を呼んだんですか」


「……呼んでないよ。誘ったのはそっちじゃん」


「いやいや、拓磨さんと上手く言ってたら、世那さんはそんなことしないです。話、聞きますよ。もしかして浮気されたとか?」


 浮気は、俺がこんなんじゃなければしないと思う。どうして拓磨に嫌われることを言ってしまうのか。


 温めたピザも揃い、乾杯をする。


「で、拓磨さんとなんで喧嘩したんですか」


「喧嘩はしてないよ。俺がネガティブだから、疲れさせちゃっただけ」


「えー、可愛い。俺、不安定な人好きなんですよ。村上春樹作品の女子とか、捨ておけない感じ」


 それ、大丈夫か。


「不安に意味があるのは、小説の中だけだよ」


 泣き腫らして、一日中布団にくるまっていた時もある。そばにいてくれたのは昔のこと。最近は車で出掛けてしまう。


「何にネガティブになっちゃうんですか」


「……普通の幸せが遠いな、って」


「普通の幸せって、”末子の大学費用までを考えた生命保険に入ること”ですか?」


 一路は笑って言った。


「まあ……そうかな」


「俺たちには必要ない、じゃ駄目ですかね?」


 俺は仕方ないけど、拓磨は……。


「家族にずっと心配されて、隠し続けてくのがしんどいんだ」


「話して受け入れられなかったら、絶縁すればいいじゃないですか」


 一路はピザを咀嚼しながらパスタに手を伸ばし、くるくると巻き始めた。


「一路はその辺、どうしたの」


「俺、見ての通りゴツさが足りないんで、なんか最初から疑われてたんですよね。だからもう高校生のときに話しちゃって。父親とはギクシャクしたまんまですけど、母親はまあまあ。姉ちゃんがいるんで、そこで満足してねって感じです」


「……そう。俺、やっぱり長男だからかな、うるさく言われるの」


「長男は痛みに強いんですよね」


「なんで?」


「炭治郎が言ってました」


「そういえば……」


 家電量販店で買ったときにもらったクリアファイルを取り出して、一路に渡した。


「あ! 義勇さん!」


「あげるよ」


「そうやって、好みを覚えてくれてるのズルいですね」


 俺もそう思う。ファイルをもらったとき、一路のことが真っ先に思いついた。拓磨は鬼滅が好きではない。拓磨の好きな呪術廻戦を俺は好きじゃない。そういうのが最近しんどい。


 酒を煽る。現代の免罪符。ああ嘘。関係ない。結婚してないんだから。社会からは何も咎められやしない。家族も最後までやり過ごせばいい。税金は払ってる。何が悪いんだよ。ただ拓磨と二人で幸せに暮らしていきたいだけ。何が悪い? 俺の性格? 俺には生きる才能がない? 優しい拓磨を追い詰めて、勝手に嫌われて、一路を利用して、俺は……。


 むしゃくしゃしていた、誰でも良かった



 案の定、一路は簡単に体を預けた。ピザとパスタの味が絡まり合う。


 一路の肉の薄い腹から肩甲骨をそっとなぞる。拓磨が泣いている俺にそうしてくれたように。抱きしめて、大丈夫だよ、と言ってくれた。


 一路の頬に頬をつけた。


「世那さん……」


 一路が耳元で囁いた。


「これは浮気じゃないと思います。誰だって、壊れながら壊したい時があるでしょう?」


 一路が首筋に舌を這わせた。


 そうかもしれない。優しい拓磨に壊されたかったのかもしれない。優しい拓磨を壊したかったのかもしれない。


 一路の唇を噛む。一路の髪を掴む。一路の息が漏れる。


――俺は、大丈夫ですよ。どこまでも……


 一路は唇を舐め、そう言って、笑った。

 




 玄関のドアが開いた音は聞いていた。リビングはあの日のまま。散乱する缶、食べかけのピザ。脱ぎっぱなしの服。


 ベッドでは、俺の胸元に顔をうずめた一路が猫のように丸くなって寝ている。


 拓磨を試した。


 最低だった。




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January 2nd 真白透夜@山羊座文学 @katokaikou

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