第4話. ダイヤモンドの王女

巨大な門と外壁、水路を挟んで内壁に囲まれ、上から見たダイヤモンドのようなシルエットを成す堅牢な町と城。シルベニア城。

最上階のテラスから繁栄する町を一人の女性が一望する。栗色の長い髪、陽の光を反射し煌びやかに光を散りばめ輝くドレス。金剛石のブローチ。

その佇まいは凛としていて、眼差しは優しさと強い意志を秘める。


「アリシア様、今日も相変わらずですか?」

長身の青年が落ち着いた声で語りかける。身に纏う鎧と大剣は碧い光を散らし、穏やかな風を受けた白いマントが翻る。その佇まいはまさしく精鋭のトップに君臨するそれだった。

「スターユ…」

アリシア、と呼ばれた女性は振り向く。

「そうね、活気があるのは相変わらずなんだけど、今日はなんだか落ち着きがないようにみえる…」

声色はやや落ちるも、その表情に揺らぎはない。


「あの大聖堂がようやく完成してから、今日で3年目です」

スターユが見据える先には、壮大な装飾と彫刻を備える巨大な聖堂が佇む。

「ええ、それでもまだまだこの町は、この王国は大きくなろうとしている」

町には今なお建築・増築中の建物が多くあり、せっせと作業が進められている。

「これも王女様の、そしてご両親のご加護があってこその事」

「…ありがとう」

アリシアはふと切なげな表情を浮かべ、呟くように言う。両親は、アリシアがまだ幼い頃に他界しており、今は王女自身がこの国を治めている。


「王女様!!!」

後方から叫び声、メガネに帽子、貴族のような服装をした小柄な老人が。息を切らしながら駆けてくる。

「大変…です!」

「プルオーグ、何事?」

プルオーグと呼ばれるその男は、シルベニア王国の大臣の一人だ。


「リゼット様のご子息、フラン様が行方不明なのです!」

リゼットは王国が設立した研究所で、魔物や動植物、農作物に関する業務を管轄している淑女だ。フランはその娘、二十歳になったばかりで元気いっぱいにリゼットの業務を前線に立って手伝い、ちかごろ活動が活発化していた。アリシアとは顔見知りだ。

「フランが…?落ち着いて、話してみて」

「昨日のお昼ごろ、フラン様、何やら用があると門の外へ出たきりなのですが、夕方には戻ると。しかし今の時間になっても伝令もなく、戻って来ません…」

緊張が走る。

「フラン…一体…」

アリシアの表情が微かに曇った。

「ここのところ、近隣の村や町から行方不明者が次々と出ています」

「そうね…」

「その原因なのですが…」


「おそらくです、以前に緊急で討伐を依頼した魔物が生きており、爆発的に増えているようなのです」


「魔物…」

スターユは眉間に皺を寄せる。

「以前緊急にって、あの虫のこと?討伐目標は果たされたんじゃ…」

「そのはずでした…」

プルオーグの眼が泳いでいる。言葉を選んでいるのか、何やら戸惑っている。


「話し合いが必要みたいね…。団長と宰相、大臣に参謀長を呼んできて」

「かしこまりました」


大会議室。大きな円卓にずらりと要人が並ぶ。

「確かに作戦成功の記録にはなっていますね…それなりに大きな規模の犠牲はありましたが、討伐目標数は達成され、生還者がいます」

銀髪で眼鏡の長身の青年、参謀長のリハルが作戦記録を捲りながら言う。

「ギルドの記録は?」

と、アリシア。

「どれも討伐成功、報酬が支払われています」

リハルはギルドから届けられたクエスト記録を纏める分厚い帳簿を捲り、淡々と答える。

アリシアは怪訝な顔をする。

(あの記録…。まさか)


「それ、見せて頂戴」

アリシアはギルドの討伐記録を確認する。

(これは…!)

アリシアは息を呑む。


「これ、改竄した跡があるわ」

「なっ!?」

アリシアは記録帳に指を添える。上っ面の文字に覆い隠されていた文字が光り、浮かび上がる。


ー魔法


誰しもが自身の願いを叶える力を少しずつ持っている。

何がなんでも実現させるというような強烈な願い、途方もない意志により現実に心の力を出力する技術、それが“魔法”。

誰もが使えるわけではなく、使用できるものは極めて限られている。

この帳簿は何者かの強い意思により記録が歪められていた。


ヴェスパの討伐。それは精鋭クラスのクエストではなく下級クラス。あたかも何の変哲もない下級の虫モンスターに過ぎないかのような依頼文。そしてそのミスリードを誘う内容に不釣り合いな異常な高額報酬。

そこにはガレンにエリック、リアンの受注の記録もあったが、アリシアは確信する。ここにあるのは本人のものを魔法で真似た作り物のサイン。ここに“本物”の帰還のサインはない。

それどころか、その討伐に向かった者は、悉く魔法で生成された模造のサインであり、帰還済みの本人のサインはなく、つまりは誰一人消息がない。

アリシアの考えが正しければ、クエストは受注されたその全てが失敗に終わっていた。


(なんで…)


「ギルドマスターは?」

アリシアは拳を握りしめる。

「ジオーグスという男ですが、数週間前からギルドから姿を消しており、見当たりません。それまでは…何ヶ月もこの状態でしたが、この魔物を対象にしたクエストの受注は現在差し止められています」


(なんで私は…、町を眺めていながら、何も知らなかったんだ)


「うちからの討伐の詳細は?生還者がいるんでしょ?」

アリシアはリハルに向かって尋ねる。

「います。しかし、1人だけです」

「呼んできて頂戴」

「かしこまりました」

リハルはヴェスパ討伐作戦に向かった、王国軍の生還者を呼ぶように手配した。


「クラウさん…来てくれて有難う。…お願いがあるの。教えてくれる?あなたの見たもの、知っている事を」

討伐の生存者、クラウと呼ばれた彼女は若い女性の騎士だった。束ねた赤茶色の髪、厚い装備に身を包んでいる。目に光はなく、その表情は曇っている。身体は無事だが、心に傷を負っているのだろう、随分と焦燥している。彼女は、生還してからしばらくは口が聞けなかったようだ。


「大丈夫、ゆっくりでいいわ」

「わたし…あの…わたし…は…」


クラウは大会議室の要人に打ち明ける。

目に涙を浮かべながら、時間をかけて話す。

目の前で見たヴェスパの特徴、何体かの討伐は成し遂げられたが、仕留め損なった個体がいる事。そして自分以外の隊員はそいつらによってクラウ以外全滅した。


「映像があるようです」

リハルは立方体の手に収まるほどの大きさの装置を手にしている。魔法を応用し組み上げられた特殊な装置のようだ。

「映像…記録していたの?」

「記録によると、帰還後すぐにクラウ殿により提出はされていたようです。しかし、申しわけございません。その後しばらく映像記録の行方が分からなくなっていたようです」

リハルは申しわけなさそうに告げる。

(またか…)

「映像記録は、先日、私が始末した賊が持っていました。3人とも、全員牢獄に捕らえています」

と、スターユ。顔はアリシアの方を向いており、口元は無表情で口調は淡々としている。が、その目は穏やかにアリシアを見つめる。

(スターユ…!)


「ありがとうスターユ。で、スターユ…その、中身はみたの?」

「えっ!?えっと…いっ…いいえ、まだです。他の盗品と共にそのまま押収させたのが、どうやらこの記録だったようです」

アリシアの視線が突き刺さる。自直自分で確認しておけばよかった、とスターユは一瞬口籠ってしまう。スターユ自身、専ら戦闘に関する修練と調整が日常であり、他の大量にある小物アイテムや、何の映像かわからない盗品の中身などには殆ど関心がなかった。

「ま、詳しい話は後でしっかり聴くわ。まずは映像をみましょう」

リハルはカードのようなものを手にすると、立方体の上にそのまま載せる。魔法で組み上げられた装置が起動し、円卓の中心に立体的な映像が映し出される。

一同は息を呑んだ。スターユに軍団長、参謀、戦闘に携わるものは特にその映像を睨みつけるように見つめている。


そこはヴェスパの巣の中。圧倒的な数、渾身の一撃で反撃するも、すでに、少なくとも半数は敵に王国の精鋭クラスの武具を奪われた状態。そこからはほとんど一方的だった。

(これは…)

それは、魔物討伐のための屈強な傭兵団を他国に派遣し国家を大きくさせたシルベニアの軍にとって、あってはならない映像だった。

アリシアは唇を噛む。

日常の中、討伐で王国兵が命を落とすことは決して珍しいことではないが、極めて重要な事実を今になって知ることになるとは。自分の愚かさにアリシアは後悔する。


「どう?スターユ。あなたから見て」

「……手練れです、一体一体が…それもかなりの」

「ここにあなたがいたら、どうなる?」

「ここに居る程度の敵と数であれば、私が勝ちます」

それ以上の相手が現れたら?とアリシアは続けて聞こうとしたが、やめておいた。彼の表情は険しい。

スターユが屈するような相手が現れる、と言うことは、王国のほとんど誰も戦闘では勝ち目がないということを意味する。


スターユは全神経を集中させ、映像を睨みつける。

(奴らのこの戦いぶり…何処かで見覚えがある。虫のような本能任せではなく、どことなくヒトのようなクセがある)

(この戦闘スタイルはアストリアの地のものではない…そして、統率がとれている。間違いなく、後ろに指揮している者がいる…そちらもまた手練れだ)


討伐目標の撃破には成功するが部隊は壊滅状態となり、しばらくして映像は終わった。


円卓に沈黙が流れる。この戦闘力で順調に数を増やしているとしたら、王国の城下町、そして城の領内に来るのは時間の問題だ。


「クラウさん、他には知っていることはある?」

「……はい」


映像には映せなかったが、巣の中でもっと恐ろしい有様を見たことをクラウは話す。巣の中には卵のようなものは見当たらなかった。

クラウの話によれば、奴らは、恐らく人間の女性を繁殖に利用している。そして、触手のような奇妙な植物に似た生物と一緒に共生して栄養を与えている…。討伐隊の何人かはそこにいて、助け出せていない。フランもきっと、こうやって巣に捉えられている可能性は高い。


「な…!」

「許せない…悍ましい化け物め…!」

円卓が響めく。妻や娘、親戚に若い女性を持つ要人は多い。既に冷静さを失おうとしている者が出始めている。

アリシアも、気丈に振る舞おうとするも、背筋に不気味な悪寒を覚え、額に冷や汗が滲み出てくるのを感じた。

それでも、敵のことを正しく知らなければならない。


「クラウさん…あなた、本当に大変な思いをしたのね」

「はい…。どういうわけか、私自身は、最初に体を軽く触られた気がしたのだけど…その後は、私のことは無視でした。目があっても、私にはぜんぜん攻撃はしてこなかった。だからそのまま逃げることができたんです」


「これだけ残虐な魔物が、あなただけには攻撃してこなかったことに、心当たりはない?」

「……」

クラウは黙り込んでしまう。


「…クラウさん、ありがとう。辛いことを思い出させてしまってごめんなさい」


指示の後、会議は終わり、大会議室から要人がその場を後にする。


最上階の、王女のための寝室。領内の城下町は月明かりに照らされながらまだ灯りが少し灯っている。

アリシアはローブのようなナイトウェアに身を包み、ベッドに疲れ切った心身をあずける。


思い出すのは行方をくらましたフランの顔…。

自分に似た栗色の髪をもつ、三つ編みの活発で元気な友達。


そして…会議のこと。

不可解なクエスト内容に記録の改竄。失踪したギルドマスターの件、記録が持ち出され、城内からの情報の伝達も不自然に滞っていたこと。人為的だ。明らかに内部に、敵に加担している者がいる。


そして…。

人間の女性を繁殖に利用する、ヒトのような骨格を持つハエの化け物。


相手の血筋を…生まれ持つ特別な能力を奪い、子へ拡散することができるとしたら、おそらくいずれは間違いなく王家の血筋を持つ自分が、アリシア自身が標的となる。


金剛石のブローチを握りしめる。

絶対に負けるわけにはいかない。


しかし、おそらく、もうそんなに時間は残されていない。

一体どうすれば…。


指示は要人に任せているとして自分自身の選択…。

[敵に加担している城内にいる内部の敵を探す]か

それとも、

[ヴェスパの情報を集め、敵を叩く準備をさらに進める]か…。



アリシアは目を瞑り、しばらく考える。


どちらも成し遂げられればいいが、頭の中で何回…何度やっても最悪の結末が脳裏をよぎる。無策でフランは救出できない。


今、決定的に自分に足りないモノ。それを補う選択。


それはー


[命を懸けても共に戦ってくれるような、信頼できる仲間をみつける]


自分一人ではムリだ…。


「は〜〜〜〜どうしよ…」

アリシアはため息をつきながら、だらんと手足を投げ出すような態勢になる。王女としてはみっともないが、どうせ誰もみていない。

(一番信頼できる相手…)

真っ先に浮かんだのはスターユだった。

記録映像をみなかったと答えたことは少しだけ引っかかったが、スターユは基本的に戦闘技術を磨くことしか考えていない。朝も昼も夜も。そう言う意味ではいちいち小物アイテムを確認したり、修練や作戦を中断して中身の知らない映像などみないのは、当たり前で、信頼できる。あいつは間違いなくそういうのすっ飛ばして、いざ必要な時、どこにやったかわからなくなっている。

が、中身を知った今となっては別、彼は今、食い入るように王国軍が屠られるあの映像を繰り返しみている。その様子もますます信頼できる。


(でも…)


(スターユは、私のこと、どう思ってるんだろう)


「スターユと、付き合っておけばよかったかな…」

今まで思ってもみなかった言葉がふとアリシアの口から飛び出してしまった。

慌ててあたりを見まわし、誰にも聞かれていないことを確認するが、部屋は静寂に包まれている。少し顔が火照っているような気がした。


アリシアはそのままベッドに体を預け、眠りについた。


[AI非使用]

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒトの骨格を持つ蝿の魔物に滅ぼされゆく世界を救う物語/アストリア戦記 GQもん @GHQmon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ