第3話. もしも神様がいて見てくれているなら…
(ガレン…お前の仇も…!)
リアンの灯りを拾い、ガレンを偲ぶ。
立ち上がり、短剣を握りながら洞窟の奥へと足を運ぶ。
これまで足を運んできたダンジョンとは異なる、異質な雰囲気。
風が通り抜ける不気味な音、奥はかなり深いのか、リアンの声は聞こえない。
しかしほかのモンスターの気配はしない。
進むだけ進むエリック、道は枝分かれし、分岐となっていた。
(くそ…どっちだ?)
なんとなくだが、甘い匂いが強く立ち込めてくる、右の方へと足を運ぶ。
どうやらそこは天井の高い部屋のような構造の袋小路…。ここには奴はいない。
(ここは…)
だが…、おそらく甘い匂いの正体…そこには紅色の異形の触手が植物のツタのように多数絡まり、壁を覆っていた。
そして、触手にはりつけられるように、白く膨らんだ大きく繭のような物体。
(リアン…じゃないよな)
隙間から覗けるのは、人の顔だった。跳ね上がる心拍。女性の顔だが、どうやらリアンではない。そしてよくみると薄ら透けた繭の中に人の体のシルエットがみえる。別な冒険者か、村娘だろうか?ヒトを模した異形の虫ではない。確かに繭の中にはヒトが入っている。
(ここは、食糧庫なのか…?)
胸郭はゆっくりと動き、どうやら呼吸をし、生存している。傷を負っている様子はない。目を閉じたまま眠っているのだろうか?この甘い匂いに近づきすぎるとどうも意識が薄らぐような気がする。
「…!」
(いや…違う。これは、ここは食糧庫なんかじゃない…!)
中のシルエットをみてエリックは顔が引き攣り、背筋が凍りつく。手脚はそれなりに細い…しかし下腹部が妙に膨らんでいる。そして、思い出す、先ほど確かにこの目で見た、ヒトの骨格に酷似した化け物の外観…あれは恐らく。
(そういう事…なのか…?だとしたら……奴は……悪魔だ)
エリックは確信した。いずれはこの犠牲者も救出しなくてはならないが、今はこのままではリアンが危ない。
「ごめんな、必ずまた来るから」
(絶対にリアンをこんな目に遭わせるわけには行かない)
来た道を少し戻り、先ほど選ばなかった方の分岐を進む。
1秒でも時間が惜しい。焦り速くなる足どり。
リアンの助けを求める声がきっともうすぐ聞こえてくるはず。
そう願いながら先へと足を運ぶ。
大きな広間へと出る。
天井が一気に高くなり、遥か上方の岩肌の隙間から外の光が差し込む。
そして、水が流れる音。
それに交じり、奥の方から何やら声のようなものが聞こえてくる。
(…リアン!)
遠いが、間違いなく同胞の助けを求める声だった、エリックはその方向へと駆ける。
慎重に足音を殺しながら進む余裕など、最早なかった。
そして、視界に捉える。
それは、小高い崖の上、植物の生い茂る踊り場のような空間で倒れこんでいるリアンの姿。幸い出血している様子はないが、先ほどの奇妙な植物が生い茂っていた部屋で見たようなものと似通った繭にくるまれようとしていた。
そして、それにまとわりつく、巨大な虫が一匹。剣や盾は持っていおらず、ヒトのような手指をもつ長い手足が合計で8本ある。
先ほどとは違うタイプ。奴らの仲間は恐らく、ここに複数匹いる。
攻撃すれば、恐らく仲間とともに一斉に襲い掛かってくるだろう。
そしてきっと、ガレンを殺して装備を奪い、リアンをここまで運んだ奴も現れる。
あの一体だけでも、エリックに勝てる見込みはない。
(俺は何か間違っていたのか)
エリックは冒険を共にした弓を握りしめる。
(ここに来るまで、俺は一体何をしていたんだ)
(リアンとは幼馴染で、ずっと一緒にいた。かけがえのない大切な存在で、からかい合って…。でも、伝えきれない想いは確かにあった。ここで終わるつもりはなかったんだ。ずっとあの楽しい日々が続いて…、そしてもっと幸せになれるって思ってた)
エリックは対象に狙いを定める。狙撃はこの距離が限界だ。
(もっと早くにリアンに思いを伝えていればもしかして今頃違った未来があった?)
(いや、違う…!)
エリックは思考を整理し、覚悟を決める。
仮に偶然コイツの存在を知らなかったとしても、
誰かがいずれこの化け物に立ち向かわなければならない。あの捉えられていた女性にも、きっと家族や大切なヒトがいて…。コイツらを放っておけば、その幸せだったはずの生活はゆっくりと確実に脅かされる。この化け物はそんな奴らだ、誰も手を付けず放置すると大きな厄災になるような悪魔のような存在。
いたわり、優しさ、喧嘩した後の仲直り。
そんな思い出や感情も何もないこいつらは、繁殖では何かしら有利だとしても、恐らく殺して殖えるという本能でしか生きていない。そんな奴らにただ殺され、奪われ利用され、この国もろとも滅び、人間という種族は浄化される。
もし神様がいて、見てくれているなら、そんな結末は絶対に間違っているはずだ。
今この一撃だけでもいい。
コイツだけは、今、仕留めさせてくれ。
エリックは澄んだ目を見開き真っ直ぐ構え弓を引く。
彗星のような一瞬の閃光。
音を置き去りにしたその矢は、何者も対応できず、長距離から標的の頭部を見事貫通した。
頭部に致命的な損傷を負い、崩れ落ちる標的。エリックは急いでリアンの元へと駆ける。
「リアン!」
「エリック!」
「ここから出るぞ、帰ろう!」
リアンへと近づくエリック、繭を引き裂くために短剣を手にする。
今間もなく、手が届くほどの距離、すぐそばにたどり着く。そして、全力で助ける。
「来ないで!」
リアンから恐怖の表情は消えていなかった。
「!?……ッ」
背中から突き抜けるような激痛…視界が急激に霞み、力が抜ける。
エリックの口から血がボタボタと流れ落ちた。
その背中、背骨の横からは先ほどガレンを貫通した剣が突き立てられ、剣先が腹から突き出ていた。
エリックは力の抜けた手で、その剣を掴もうとするが、うまく動かせない。
「エリック!!」
リアンは拳を握りしめ瞳に涙を浮かべる。
「リアン……」
エリックは血とともに息を吐き出し、掠れた声で続ける。
「護れなくて、ごめん…俺…リアンに言いたい事がいっぱいあって…」
歪む視界にリアンの顔を捉えようとする。その顔は、涙を浮かべていたけど、でも確かに笑っていた。
「うん…」
異形の化け物は剣を振るい引き抜き、エリックは床にドサッと倒れこむ。
リアンはギリギリ動く腕と手で顔を覆い、目を閉じる。
そして、エリックの最期の言葉を思い起こす。
すると…。
「あーあー、やっちゃった」
誰かの声。しゃがみ込み、地面に突っ伏したエリックの顔を確認しているようだ。
「ほんとあんたたち、なんにも考えずに殺すんだから」
エリックの亡骸を指でなぞるように触りながら、"誰か"は続ける。
「それにしても」
「今さっきの、スゴかったねぇ…初めてみた、あんなの。顔も悪くないし、いいヒトには違いなかったんだけどなぁ〜」
「なかなか巡り合えないよね、あんなヒト…」
「ね?」
"誰か"は振り向き、リアンに顔を向ける、目が合っている。その表情はこちらに向かって微笑んでいるように見えたが、
リアンは溢れる涙で前がよく見えなかった。
もう、どうでもよくなっていた。
―シルベニア城
雲一つない青空。
人々の繁栄と城下町の発展の真っただ中、城の最上階のテラスから、
一人のドレス姿の女性が、活気あふれる町の様子を真っすぐな姿勢で眺めている。
長いつやを帯びた栗色の髪。その眼差しには優しくも力強さがあった。
[AI非使用]
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