第3話 何でそうなる?

     3 何でそうなる?


〝エデン〟とは――その意味通り〝楽園〟の事をさす。


 始まりの人類が居たとされる其処は、あらゆる物が存在するという。

 逆に死と言う概念がない〝エデン〟は、何一つ奪わなくとも生存できると言うのだ。


 人は生きる為に家畜を食肉に変えるが、それさえ必要がない。

〝エデン〟に居るだけで全てが満たされる事になるから、食事をとる意味もない。


 何一つ奪う必要が無いと言うのはそういう事で――〝エデン〟とは〝完全な世界〟をさす。


 ただそれは、神書にある伝説上の存在だ。

 伝説であるが故に、どうやれば其処に行き着けるかは誰も知らない。


 誰も見た事が無ければ、具体的にどんな所かも分からない。

 

 ただ〝楽園〟という単語が――人々を惹きつけてやまないのだ。


 或いは、困難な現実から目を逸らす為のお伽噺なのかもしれない。

 そう言った妄想が、人々の感覚に麻酔をかけているだけなのかも。


 確かに普段のピコなら、こんな話を真に受けたりはしないだろう。

 ただ、ピコにはある確信があった。


「うん。

 前に首都からやってきた都民が、噂していたの。

 ある村の脱走者が、どこを捜しても見当たらなかったって。

 神隠しにでもあったかの様に、彼等は遂に発見されなかった」


「……はぁ。

 要するにピコは、彼等が〝エデン〟に迷い込んだと考えている? 

 あのハンター達をまけたんだから〝エデン〟に行き着いたと考える方が自然だと言うの?」


 テイジーの家、というか馬小屋で二人は密談を続ける。

 馬小屋が家であるテイジーは、やはり半信半疑だ。


「ええ。

 脱走者を発見して捕えるのが、ハンターの任務よ。

 彼等はその事にのみ特化した、スペシャリストと言える。

 そんな彼等から逃げ切る方法が、本当にある? 

 あるとすればそれはもう、世界を越える位しかないでしょう。

 別世界に逃げ込んだとすれば、ハンターの目から逃れたとしても不思議じゃない」


「……うーん」


 もしその話が事実なら、幾らか〝エデン〟の信憑性は増すだろう。

 人々の妄想だとしか思えなかった〝楽園〟は、現実に存在する。


 テイジーが言っていた通り、それは一種の浪漫と言えた。


「でもなー、それがガセネタなら、私達は正に蜃気楼を追う事になるわ。

 無駄に命を懸ける事になって、全てを失う事になるかもしれない」


「そうだねー。

 だから私は、もう一つの噂に懸ける事にしたの。

 都民の話では、今から一年位前に〝エデン〟から帰って来た人が首都で保護されたんだって。

 いえ、保護と言えば聞こえはいいけど、実際はただ投獄されているだけみたい。

 その人は、何らかの理由で〝エデン〟からこの世界に戻ってきた。

 だとすれば、その人を救出できたなら、私達も〝エデン〟に行けると思わない?」


「……成る程」


 テイジーはそう首肯するが、それも所詮は噂だとも思う。

 彼女はやはり〝エデン〟という物に関して懐疑的なのだ。


 それ以上に分からないのは、何時もは自分以上に現実的なピコが乗り気な点だろう。

 果たしてピコをこうまで駆り立てている物は、何なのか?


 目下の所、それがテイジーにとって一番の謎だった。


「つまり私達の第一目標は――首都の牢獄という訳ね? 

 ハンターから逃げ切りながら、私達は逆に権力の中枢地帯にもぐり込まなければならない。

 うわ! 

 考えただけで、ゾっとするプランだわ。

 いっそピコを――殺して埋めた方が簡単だと思える程に」


「いえ、私を殺しても、何も解決しないから。

 寧ろ罪が増すだけだから、そういう冗談は止めてくれるかな?」


「いえ――決して冗談ではないんだけど」


「………」


「………」


 と、二人は暫く無言で睨み合う。

 先にそれに飽きたのは、ピコだった。


「という訳で――先ずは村長の家を襲撃しよう」


「――はっ? 

 ピコは本当に、気が狂っているのっ? 

 一体いまの会話のどこを掘り下げたら、そういう結論になるのよ……っ?」


 やはり世の中の為にも、このピコ・ラウンズは抹殺した方がいいのか? 

 テイジーは思わず本気でそんな事を考えてしまう。


 だが、ピコは飽くまで冷静だ。


「いえ、私はこれでも、村長に恩を感じているという事だよ。

 だからこそ私は村長の家を襲撃し、金目の物を奪って、トンズラしなければならないの」


「歪んだ愛情表現っ? 

 ピコに愛されると言う事は、ドMな扱いを受けると言う事なのっ?」


 テイジーとしてはそうとしか思えないが、ピコの意見は違っていた。


「いえ、そうではなく、村長が私達の共犯と思われるのは困るって事。

 村長が私達を逃がしたと思われたら、村長にも累が及ぶでしょう? 

 それを避ける為にも、村長の家を襲撃するのは必要な事なんだ」


「な、成る程」


 言われてみれば、そういう考え方もある。


 村ぐるみでテイジーを何処かに逃がしたと思われるのは、テイジーも避けたい所だ。

 仮に、村ぐるみでテイジーの逃亡をほう助したと男爵に思われたら、村は終わりかねない。


 ただ、問題は村人Aと村人Bが村長宅を襲撃して、得る物があるかという事。

 村ぐるみでの反乱を常に警戒している村長は、家に屈強な衛兵を配置している。


 その彼等を倒して金品を強奪出来るかと問われれば、それこそ答えはノーだろう。

 村人Aと村人Bでは、村長宅の門を潜ろうとした時点でゲームオーバーだ。


「まー、普通はそうだろうね。

 だからそこら辺は私の知恵の出しどころなのだけど、面倒くさいから正攻法で行く事にする。

 ここは――魔法を使う事にするよ」


「……あー」


 魔法。


 その単語を聴いて――テイジー・ナウナはただ納得した。


     ◇


 そもそもテイジーは何故――こうも容易く〝エデン〟の存在を信じたのか?

 

 今が中世期と言う、迷信が信じられた時代だから? 

 それも理由の一つだろうが、それより大きな理由があるのも事実だ。

 

 それこそが――魔法である。


 前述通り、中世期とは剣と魔法の時代だ。

 それは比喩ではなく、実際に魔法が存在しているという意味である。


 この世界の住人は――全員なにかしらの魔法が使えるのだ。


 それは王も貴族も都民も町民も村民も、変わらない。

 誰もが生まれた時から――魔法は使える。


 ただ、具体的にどんな魔法を使えるか選ぶ事は出来ない。

 魔法は才能と同じで、生まれながらに具わった能力と言える。


 故に、王が強力な魔法を有しているとは、限らない。

 逆に、村民の方が利便性のある魔法を有している事もある。


 こればかりは実際に使ってみなければ、誰も分からないのだ。

 

 つまりはそう言う事で「魔法があるなら〝エデン〟もあるんじゃねえ?」という事だ。


 魔法と言う超常的な力があるなら〝エデン〟という超越的な世界も実在する。


 そういった論法がテイジーの発想力を刺激し、彼女に〝エデン〟の存在を信じさせた。


 その魔法だが、実の所、誰がどんな魔法を有しているかは国さえ把握していない。

 絶対に把握するべき事だが、国は特例的に魔法の秘匿権を認めているのだ。


 理由は――初代国家統一王であるヴァルヴェルヴァ一世の遺命にある。


 魔法による戦いを好んだ彼女は〝互いにどんな魔法を使うか分からない方が、絶対燃えるでしょう〟という持論の持ち主だった。


 没した後は神の第一側近として祀られた彼女の持論は――そのまま尊重されたのだ。


 国はヴァルヴェルヴァを神格化させる事で、その権威を盤石な物にした。

 その権威を守る為に、国は今も、魔法の秘匿権を認めている。


 それは国にとっては、プラスであると同時にマイナスを生む決断でもある。

 反乱を効率よく鎮める為には、どう考えても国民の能力は知っていた方がいい。


 管理社会を銘打つなら、誰がどんな魔法を使うかは必ず把握しておくべきだろう。

 

 しかし今も初代国王の威光を武器にしたい国は、ヴァルヴェルヴァの遺命に従っている。

『国=神』という構図をつくり出す為に、初代国王の発言は絶対と言えた。


「うん。

 それが私達にとっての、唯一の追い風。

 何せ村長でさえ、私の魔法は知らないから」


「あー、そうね。

 ピコの魔法を知っていたら、村長は間違いなくピコを危険人物扱いしていたわ」


 ピコの能力を知るが故に、テイジーはそんな危惧を抱く。

 ピコもテイジーの魔法を知るが故に、この計画を立てたと言えた。


 つまりピコとしては、全く勝算がない戦いに身を置こうとしている訳ではないのだ。

 ピコは自分とテイジーの魔法があれば、何とかなるかもしれないと考えている。


 いや、それは〝何とかなる〟という曖昧な考えではない。

 自分とテイジーなら、必ず〝エデン〟を見つけ出せるという確信めいた信念だ。


 テイジーはピコの考えを妄想だと評したが、ピコはピコなりに勝機を見出している。

 その事に気付き、テイジーは内心ホッとした。


 その一方で、本当にこれで良いのかとは思う。


 村長の家を襲撃すれば、もう後戻りは出来ない。

 今まで村長に目をかけられていたピコの立場は、脆くも崩れ去る。


 ピコは一転して、反逆者の烙印を押される事になるのだ。


「いえ――それこそが私の覚悟の証し。

 私はこの村を捨ててでも――〝エデン〟に辿り着く」


「………」


 こういうのを、自己陶酔者なのだとテイジーは思う。


 いや、村長宅の襲撃など――自分に酔っていなければとても出来ない。


「……でも〝エデン〟を目指すって言うのは、そういう事よね。

 故郷や恩人をきり捨てる位の覚悟がなければ……とてもやり遂げられない」


 テイジーもまた〝エデン〟を目指すと決めてしまった。

 それは〝それなりの覚悟をする〟という事に繋がる。


 この村で培った全ての事柄を捨てる、という事でもあるのだ。

 

 その事を実感した時、テイジーはもう一度だけ逡巡を覚えた。

 彼女は一分程もの思いに耽った後、顔を上げる。


「いえ――確かに私もこの世活からは抜け出したい。

 寧ろ何も失う物がない私が〝エデン〟を目指すのは――当然とさえ言える。

 今度こそ、私も腹を括ったわ。

 ピコがやると言うなら、私もそれに便乗するまでよ――」


 これも――若さ故の勢いというやつだろうか? 


 いや、テイジー本人が言っている通り、彼女には命以外惜しむ物が無いのだ。

 それ程までに村民の暮らしは、過酷と言える。


 ならば、後は行動に移るのみ。

 テイジーの覚悟を聴き、ピコも改めて意を決した。


「では――速やかに作戦を実行しましょう。

 といっても、テイジーは今回なにもする事がないとは思うのだけど」


「……あー」


 それもそうだなと感じる、テイジー。


 彼女はただ――村長が不憫に思えるだけだった。

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2026年1月1日 08:00 毎日 08:00

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