第4話

 どんなに嘆いたところで不安とは付き合っていくしかない。

 怖かった映画館も、何度かアニメを観に足を運んで、だんだん平気な気になってきた。


 最近見たのは「ズートピア2」。ニックがめちゃくちゃ好きだ。2はバディ感が増し増しで大変良かった。

 チケットはネットで購入したのだが、チェックインのために操作した段で、初めて未使用のクーポンがあることに気づいた。

 割引率が結構高く、期日が迫っており、使うなら同日しかないと思った。

 ズートピアは楽しかったし、なんだかもう平気な気がした。だからそのまま、二本目を見た。


 それが「爆弾」。

 他に見られるアニメ作品がなく、時間もちょうど良かったし、周囲での評判も良かったので、私は爆弾に決めた。

 タイトルからして爆発があることは予測できたが、ミステリとして評価されていたので、推理や会話が中心だろうと考えた。

 シアターは席数が少なく、端の席は埋まっていた。だからいつものように、最後列を取った。

 これが誤算だった。

 シアターが狭いため、最後列でも席の前に広さがなかったのだ。これでは開始後に抜けることはまず無理だ。

 座席の配置は通路幅も含めてなるべく正確に表示してくれないだろうか。切実に映画館に頼みたい。


 シアター内が暗くなって、「爆弾」の本編が流れ出す。

 開始からほんの数分、「あ、無理かも」と思った。

 この「あ、無理かも」が不安のトリガーなのである。自分で一度「無理かも」と思ってしまうと、ここから不安が加速する。

 一気に心拍数が上がって、痛いくらいに心臓が脈打っていた。

 爆発音ではない。おそらく、全体の雰囲気。取調室のシーンでは画面が不安定に揺れており、自分の目が回っているように錯覚した。それと、やはり音。耳栓はしていたが、あれは思うほど音を遮断しない。

 発達障害の診断を受けてから「何がダメなのか」を意識するようになったが、中でも聴覚過敏がどんどん酷くなっている気がする。体調が悪いとキーボードの音すら耐えられなくなり、執筆を断念するほどだ。


 出よう。そう思った。端の席だったら、迷わず出ていた。

 しかし今回は、どうしたって人の前を横切らないと出られない。

 しかも、本当に狭い。着席する時も、既に端の人が座っていたので、跨いで入った。荷物を全部退けて、足も避けて貰わないと出られない。

 これは無理だ。私にその度胸はない。


 私は耐える方を選んだ。うるさくならないように気をつけながら、必死で深呼吸し、水のペットボトルを握りしめていた。トイレが心配なので、映画館で飲み物を購入することはほぼなく、他に水分がなかった。

 基本的に映画館では飲食物は持ち込み禁止で、私も普段なら持っていても出さない。

 ただこの時ばかりは、とにかく落ち着くことを優先した。

 目を閉じて画面を見ないようにしたり、音を集中して聞かないように意識を逸らしたりしていた。

 その甲斐あって、そこそこ時間はかかったが、心拍数を下げることに成功した。

 その後もちょいちょい目を閉じたりしながら、なんとか最後まで視聴することができた。

 十分に観賞できなかったことは申し訳ない。全体的には面白かったと思うので、パニックやサスペンスが好きな方は是非見に行ってほしい。


 私のチョイスが悪かったのかもしれないが、やはりアニメは大丈夫でも、実写はダメだ。

 ハッピーミュージカルとかならいけるのかもしれない。まだ試していないが。

 とにかく、私は暫くの間、「映画館で実写シリアス映画を見ない」と決めた。


 それにしても、何故ここまで悪化してしまったのだろう。

 コロナでリモートワークになった当初、私は体調もメンタルも、出社していた頃より格段に良くなっていた。

 満員電車に乗らずに済み、職場で見張られることもない。睡眠時間も増えたし、風邪をひく回数も激減したどころか、コロナが始まってから一回しかひいていない。以前はシーズンごとに必ず風邪をひいていた。

 暴飲暴食のせいで体重はかなり増えたが、健康診断の結果はむしろ良くなっている。

 健康な人に比べたら虚弱なのでガタガタだが、私のグラフ的には、出社時よりは断然マシなはずだ。


 悪化の原因はなんなのか。

 実家かもしれない、と思うものの、これは言っても仕方ない。改善のしようがないのだし。

 では他に何があるだろうか。


 運動なんじゃなかろうか?

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2025年12月28日 18:20

私は映画が観られない 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】 @yuki_taniji

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