さいしゅうかい!
その後も瀬里奈は、思い当たる場所に行っては、キョロキョロと忙しなくボールを探し続けた。だが、どこをどう探しても見つからない。彼女は悔しそうに顔を歪めている。
もう、二十分以上も探し回っている。そろそろ試合も終わる時間だ。
「そういえば星崎さん。試合ほったらかしだけど、いいの?」
「私はさっきのホームランでお役御免です。そういう山本さんは?」
「俺はDHだからね。ちょっと肩痛めててさ、守備できないんだよね」
「そうなんですね……でも、見つからないですね。う~ん」
腕を組み、しきりに首をかしげながら、うんうん唸る瀬里奈。なにをしてもかわいい彼女を、俺は固唾を飲んで見つめていた。
しばらくすると、瀬里奈が突然「あ」と声を上げた。
「もしかして……山本さん! グラウンドに戻りましょう!」
「な、何かわかったのかい?」
「確信があるわけじゃないですけど、ひょっとしたら、ひょっとするかもです」
相好を崩した瀬里奈が、足早にグラウンドへ向かう。俺も大人しくついていく。
グラウンドに戻ったとき、ちょうど最後のバッターが空振り三振したところだった。うちの負けか。まあ、俺はホームラン打ったし、いっか。
俺と瀬里奈はそのまま試合後の整列に混ざる。
審判をしていた相手チームの監督さんが言った。
「え~じゃあ、うちの勝ちってことで。礼、ありがとうございました! で、はい、こっちの二球は、そちらさんのね」
驚いた。なんと、監督さんはボールを三つ持っている。
草野球では多くの場合、試合前に両チームから二球ずつ集めて試合球にするのだ。つまり、開始時の試合球は四球。で、それを試合後に各チームに戻す。
ファールなどでなくしたりしても、ひとまず補充しないで試合を進めるのだが、その場合、なくしたチームは一球しか返してもらえない。
今日の試合。オレが打ったホームランのボールが見つかっていないから、試合球の残数は現状、三球。そして瀬里奈が打ったホームランボールは現在瀬里奈の手元にあるから、試合球は二球になっているはず。なのに監督さんの手元には、三球ある。
「なぜ……」
「やっぱり、ですね」
いつの間にか、瀬里奈が俺のそばまで来ていた。
「ほ、星崎さん。これは、いったい」
「おそらく、うちの監督が持っているあのボールケースが、再出現ポイントだったのです」
瀬里奈が胸を張りながら、監督さんが持っている審判用の黒いボールケースを指さした。
試合球が少なくなることに不安を覚えるものが多く、再出現ポイントをボールケースにする力が働いたのだという。
「そんなことが……」
「でも、よかったですね山本さん。これで七千円、助かりましたね」
うふふと瀬里奈がかわいく笑った。
その笑顔が、まぶしかった。頬をかいて照れくささを隠しながら、「ああ、ありがとう、星崎さん」と応じる。
久々に感じる胸の高鳴り。だめだ。十も下のこの子が、好きになってしまいそうだ。
微笑みながら瀬里奈と見つめ合う、幸せな時間。そこへ――。
「山本くん。どこほっつき歩いてたの? ん、その子、相手チームの。いつの間に仲良くなったん?」
守銭奴が声をかけてきた。
「ボールを探してたときに、な」
「ボール……あ、ごめんごめん。伝えんのすっかり忘れてたわ。あの後、あっちの広場で遊んでる子どものお母さんがさ、うちの子が拾ったからって持ってきてくれたんだよ」
「……え?」
「ポイってグラウンドに放り込んでくれりゃいいのに、わざわざここまで持ってきてくれたの。もうこっちは恐縮しっぱなしよ。あのお母さん、まだ若いのにねぇ。立派だよねぇ。いや~世の中捨てたもんじゃないよねぇ」
守銭奴がガハハと笑った。
「……はよ言えや。はっ」
なにやら、背後からものすごい重圧を感じた。胸が、ギュギュギュと絞めつけられる。
恐る恐る振り向くと、瀬里奈が顔を真っ赤にしながら、うつむいて小さくプルプル震えていた。
「あ、あの~星崎、さん?」
「――さんの」
「え?」
「山本さんの、アホ―! うわ~ん!」
瀬里奈は大粒の涙を流しながら身をひるがえすと、猛然と駆け出しグランドを去っていった。
俺はそのうしろ姿を、茫然と眺めていた。
アホって……え、これ、俺が悪いのか?
「うわ最悪。なにしたん山本くん。女の子泣かせるなんてクソだね。サイテーだね」
いちごが心底嫌そうな声で、俺を罵倒する。
全身の力が一気に抜けた。俺はその場で、崩れ落ちるように座り込む。
もういいや。ああ、疲れた。
その後、俺の財布にあった一万円が次元の狭間に落ち込んだのは、また別の話だ。
(了)
ボールはどこへ消えた? 鷹森涼 @TAKAMORIRYO
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