十二月の異物　　

一ノ瀬蓮（いちのせ れん）にとって、将棋とは勝負ではなく、解き明かすべき「数式」に過ぎなかった。 　彼がプロ棋士になった理由はただ一つ。将棋界の絶対王者・藤江八冠という、この世界で最も美しい「未解決問題」と対話するため。

　「順位戦の階段を登るには時間がかかる？ ならば、すべてのタイトル戦を同時に勝ち抜き、彼を僕の前に引きずり出せばいい」

　AIすら凌駕する演算速度で、プロ棋界を蹂躙していく一ノ瀬。 　しかし、頂上で待つ藤江は、一ノ瀬の完璧な論理に対し、「直感」と「揺らぎ」、そして「美学」という名のカオスで迎え撃つ。

　論理が壊れた時、一ノ瀬が見つけたのは、盤上に存在しないはずの「虚数（イマジナリー）」の一手だった。

　これは、将棋という有限のゲームを「卒業」するために戦った、一人の天才の孤独な記録。