​霊子

脳幹 まこと

霊子


 ​アスファルトは冷たく、硬い。そこに頭を叩きつける。

 乾いた音が数回響き、やがて固い殻に細い亀裂が走る。その裂け目に両手の親指を深くねじ込み、左右に力を込めて押し広げる。


 ​中からきみ・・が溢れ出した。粘り気のある、温かな塊だ。


 ​歩道には同じようにして、中身を失った殻が転がっている。私はそれら一つひとつからきみ・・を丁寧に取り出し、用意しておいた大きな銀色のボウルへと移していく。ボウルの中では、数え切れないほどのきみ・・が、境界を失いながら混ざり合おうとしている。

 ​泡立て器を手に取り、無機質な動作でボウルの中をかき混ぜる。

 右へ、左へ。

 個体であったはずのきみ・・たちは、攪拌かくはんされるたびに均一な泥状へと変わっていく。時折、混じりきらなかった欠片のようなものが浮き上がるが、それもすぐに銀色の羽根に叩かれ、滑らかな液体の一部となった。


 ​作業に感情は介在しない。ただ、最適な粘度になるまで腕を動かし続ける。


 ​やがて、十分に練り上げられたそれを、巨大な鋳型いがたへと流し込む。

 最後に、三ヶ月目になったばかりの赤褐色のカラザ・・・を、なかに入れる。

 これは、ただ一つの、巨大な霊子たまごを作るための工程だ。

 ​鋳型の底で、液体はゆっくりと、しかし確実に固形へと変質していく。表面にはおびただしい数の赤い筋が走り、鈍い光を放ち始める。巨大な卵の殻が形成されるにつれ、周囲の空気は重く、湿り気を帯びていった。


 完成したそれは、脈打つこともなく、ただそこに静止している。


 私は待った。


 一時間。半日。やがて丸一日が過ぎる。

 巨大な膜の表面に走る赤い筋は、次第に黒ずみ、乾いた地図のような模様へと変わっていった。内側から響くはずの拍動は、いつまでも訪れない。

 耳を押し当てても、そこにあるのは私自身の鼓動だけだ。

 やがて乾燥した膜に最初のひびが入る。それは私が与えたものではなく、内圧を失った空洞が自壊する音だった。崩れた断面から覗くのは、濁った液体と、溶け残ったきみ・・たちのおり。形を成し損ねた何かが、卵白のように弛緩して底に沈んでいる。

 ている。

 それはまだ眼球ではなかった。ただ、眼球になろうとして、なれなかったくぼみが、天井の星々を映していた。

 私は銀色のボウルを洗い、泡立て器についた粘膜を指で拭う。


 私は次のきみ・・を探すために、再び硬いアスファルトの上で、頭を叩きつける。

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