後編 ねー

「というかの、十二支は下界の動物というルールじゃろうが。こんな化け物、下界にはおらんじゃろ」

「昨日、月より飛来してきた動物です」

 十二支担当神は、さらっととんでもないことを言いました。


「月はナシ! 地球外生物はナシ! こんなのとっとと月に送り返して、十二支は別の動物を入れましょう!」

 マスコットを守る神がそう言うと、十二支担当神は怒りました。

「神の身勝手な都合で、一度決めたことを変えることなどなりません。神がそんなことをしていると、人間にも悪い影響が出ます。役人が一度言ったことを反故ほごにしたり、都合の悪いことを隠したりするようになりますよ」


 十二支担当神の訴えに相槌あいづちを打ちつつ、会議を司る神が言いました。

「お前さんの言いたいことはよくわかる。……ところでこのらん、こやつはどうやって繁殖するんじゃ?」

「一日に一回、分裂するようです。だから今は二匹になっております。この繁殖力ではなかなか個体数は増えませんねぇ」


「おのれは簡単な算数もできんのかー! それじゃ明日は四匹、明後日は八匹とこの化け物が増殖して、ひと月と立たずに一千万匹を超えるじゃろうがー!」

 十二支担当神は、会議を司る神にぶん殴られました。

「こんな危険な存在は即刻月に返送、当然十二支から外す!」


「でも、もう既に十二支を皆に発表してしまいましたよ」

 たんこぶをさすりつつ、十二支担当神が鏡を見せました。「祝! 十二支決定」と見事な筆文字が大きな紙に踊り、その四番目には「卵」としっかり書かれています。人間も動物も、それをしっかりと眺めていました。

「何をやっとるんじゃおのれはー!」

 十二支担当神のたんこぶが二段になりました。


「ぬぅ……仕方ない、諸事情によりらんは失格と伝えなくては」

 歯を食いしばる、会議を司る神。その時、マスコットを守る神がぽんと手を叩きました。

「いい案があるわ! うっかり墨を垂らしてしまった、ということにして、『卵』を『卯』にするのよ。うさぎならマスコットにぴったりでしょ」


 こうして、らんは月へと送り返され、うさぎはまさかの十二支入りを果たしました。

 ただ、「俺意外とやるじゃん」と調子に乗ってしまったうさぎは、後々亀と競争して負けてしまうのですが、これはまた別のお話。


「さて、十二支担当神。決定した十二支は?」

「ねー、うし、とら、らん」

らんじゃない!」

「……う、たつ、み、うま、ひつじ、さる、とり、いぬ、い、です」

 やっとのことで、十二支が決まったかのように思えたのです、が。


「なあ、ちょっと気になっていた発音があるんだが」

 発音に関わる神です。八百万やおよろずも神様がいると、こんな神様もいるのです。

「十二支担当神、あんたどうしてネズミのことを『ねー』って伸ばすんだ? 『』でいいじゃないか」

「え? 『ねー』はネズミではありませんよ」


 神様たちの間に、不穏極まりない空気が流れました。

「それなら、『ねー』というのはどんな動物なんじゃ」

 黙っていても埒が明かないので、会議を司る神が尋ねました。

「このようなものです」

 十二支担当神は、もうすっかりおなじみの鏡を操作しました。


 闇、としか言いようのない、一筋の光も見えない闇。

 その中に、禍々しい一つの眼が浮かんでいます。

「ねー……ねー……」

 口もないのに、どこからか声を出しています。まるで幼い子どもが人を呼んでいるようですが、返事などしようものなら闇の中に飲まれてしまいそうです。


「はい、こちらが『ねー』です」

 十二支担当神は得意げに言いました。

「なんでまた化け物なのよー! というかこいつが、一着でゴールしたっていうの⁉」

「どうやら、早くから出発した牛の背中に乗って、牛の一歩手前でゴールに飛び込んだようですね」

「牛ー! よく無事だったわね牛ー!」


「で、十二支担当神。こやつも月から来たとか言うんじゃなかろうな」

 会議を司る神が、地球外生物による侵略を心配しました。

「あはは、面白いことをおっしゃいますね。月にこんな動物はおりませんよ」

 らんがいる以上何がいてもおかしくない気がしますが、十二支担当神は愉快そうに笑いました。


「『ねー』は別の次元から、次元の裂け目を通ってやって来たのですよ」

 十二支担当神は、他の神様たちからボコボコにされました。


「しょうがないわ、『ねー』はネズミってことにしましょう。うっかり語尾を伸ばしちゃった感じでごまかすのよ」

「しかしのう、マスコットを守る神。ネズミは一着になるほど速くは走れんじゃろ」

「もう、ねーのやり方でいきましょう。牛の背中に乗ってきたってことで」


 こうして、ねーは異次元へと送り返され、ネズミもまさかの十二支入りを果たしました。

 ついに。ついに十二支が定められたのです。

 そして、人類を滅ぼしかねない地球外生物や異次元存在は、神様たちによってこの地を去りました。

 ようやく、平和なお正月が訪れたのでした。めでたしめでたし。


 なお、らんとねーにすっかり気を取られていた神様たちは、下界にはいないはずのたつがちゃっかり紛れ込んでいることには最後まで気がつかなかったのでありました。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ねーうしとららん 志草ねな @sigusanena

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画