ファッキューメリークリスマス
堀川花湖
クリスマスには、アリアナ・グランデよりマライア・キャリー、マライア・キャリーよりジョン・レノン、んで、ジョン・レノンよりカート・コバーンで、聖なるジングルベルより散弾銃の銃声と歪みギター。そういう懐古趣味というか古きよき(笑)というか、まあとにかくそういうロックな環境で育ってきたからかもしれない、高校をサボって、高架下でコンビニのぱさついたショートケーキをつついてると、絵梨に「おまえさ、27クラブって知ってる?」といわれたとき、なんだか観念に近い感情が湧いてきて自分で笑ってしまった。27クラブくらい流石に知っている。27クラブってゆーのは、カートとかジミヘンとかそういうロックスターは、大体27歳で死んでるでしょっていう何の根拠もないジンクス。
絵梨はフーセンガムをくっちゃくっちゃってやりながら、「でもさおまえさ、27クラブ嫌いじゃないでしょ?」ってあたしに訊ねた。まあ確かにその感じは判る。これは周知の事実だけど、あたしと絵梨はこの世界を理由もなく嫌っているし糾弾したい気持ちでいっぱいだし、自分以外全員他人だと思ってて、いますぐにでも世界から脱したいと考えているのが常だ。でもたぶんそれって、思春期とか第二次性徴とかに起因するもので、周りから見ればじゅーぶんあたしたちはイタいんだろなって予感している。え、でも仕方なくない? だって怒ってるんだもん世界に。で、そういう理由がって、高校だってかなりの頻度でさぼるし、しょーみこのまんまじゃ留年は免れないと思う。
絵梨は枝を使って地面の砂の上にへたくそな絵を描きながら、
「うちらさ、世界嫌いじゃん。いらついてるじゃん」
ってぼやいた。主語がくっそでかいけど、誰も突っ込まない。あたしも、絵梨も、雑草も、石ころも、ぴょこぴょこ跳ねる虫も、目の前の川の濁ったせせらぎも。そのかわりに、まあそうだねってあたしだけ頷く。
「だから、よかったらあんたさ、27んなったら一緒に死なない? カートたちみたいに伝説っぽくさ」
正直死ぬことについてはあんま抵抗がなくて、まあ別にいっかってくらいだったし、そもそも絵梨って頭おかしいから、こういう突飛なことをいうのも全然珍しくないし。それにしても、え散弾銃使うの? ってきいたら、絵梨は「銃社会じゃないから無理、だからそこで絵梨さまは考えたのです」と鼻の下を伸ばした。なんだこいつ。
「ずばりさ、海で死なん?」
「海?」
「だってうちら、海見たことないじゃん」
それもそのはず、あたしたちの街は汚くって、ねずみがうろうろしてて、どーしようもなくて、内陸部にある。だから、この街で生まれ育っている子どもの憧れは、たいてい海なんだ。なので、今わの際の場所が憧れの海になるってことはわりと魅力的にきこえた。まあ死ぬかどうかはあと十年後決めればいいし、とりあえず頷いた。
そしたら絵梨が、「じゃ今日海な。バスん乗ったらすぐいけるから」っていった。
わかったー、って返事したら、絵梨が満足そうに頷くと枝を動かして、元素の周期表と、たぶんy=2x²+3って感じの二次関数のグラフを地面に完成させた。で、それからそいつらを一気に踏んでぐちゃぐちゃにして無に還した。いまごろ天国で、メンデレーエフとニュートンとかが号泣してるんだろーな。あいつらって天国なのかな地獄にいたりして。まあどちらにせよかわいそ。
結局家にも帰らず、夕方七時くらいに、駅弁を片手にして、あたしたちは制服のままでバスに乗り込んだ。絵梨によると、このバスに乗って三時間くらいすれば海にたどり着けるらしい。絵梨のことばに、あたしとうとう海いっちゃうんだな、って思った。ただそれだけ。だからすぐに冷めたから揚げを口に突っ込んで、臼歯でごりごり磨り潰した。
今日がクリスマスイブだかららしくて、外を眺めてたら、きらきらのイルミネーションに飾られた商店街と貝絵とかが目に入る。クリスマスってのはカップルが性欲を剥き出しにするイベントって感じがするので、ちょっといらいらする。だから、うぉーいずおぉばぁめいくまいうぃっしゅかむとぅるーって唱えた。
となりに座ってはいるけれど、絵梨との会話はあまり弾まなくって、それぞれのAirPodsで音楽をきいたり、適当に過ごした。十年後、決行の日、あたしは絵梨と再会して、同じようにバスに乗って、こうしてニルヴァーナでもきいているのだろうか。なんだか不思議だ。その日って、永遠に来ない気がする。
すると、となりの絵梨が急に「ね、あんたはガッデムとファッキューどっちが好き?」とかきいてきた。
「あー、ファッキュー。強い感じがするから」
「え、奇遇。あたしも」
絵梨がどす黒い笑みを浮かべる。どす黒いけど、これは絵梨が心の底から安心してるときの顔だ。何故だろうなと思う。なんでこんな顔するんだろう。あたしと絵梨の関係性って、わりと希薄なはずなんだけどな、とかも、思う。
「てかさあ」
と、絵梨が欠伸をする。
「何?」
「マジでクリスマスって意味判んなくない? ハッピー強制イベントみたいな、そんな感じ。押しつけがましくて嫌い」
あたしと絵梨の暗黙のルール、世間一般が好むものをとりあえず嫌ってみる。それに従順なのは、いつだってあたしじゃなくて絵梨のほう。だからあたしはひとまず、「確かにそうかも」と同調するのがセオリー。
「あ、ていうかお母さんに連絡するの忘れてた。今日は友達ん家でパジャマパーティーするって嘘つこうとしたのに」
絵梨はわりと親のことを気にする。もちろんそれはあたしもで。その点でいうと、あたしたちは揃いも揃って臆病なのかもしれない。世間一般のいうような「不良」になりきることが出来ない、名もなき中間層のどこかに属している。
再び、あたしたちはそれぞれの時間を過ごし始める。音楽をきいたり、窓の外を見たり。そうしている間に、やがてバスが徐々に減速して、バス停の前で停車する。窓の向こう側を見れば、黒々とした海が水を湛えて静かに存在していた。あたしの身体に、得体の知れない感慨がじわじわと湧き出す。ようやく海だ。十年後、あたしたちが死に場所にする海だ。
結局絵梨の見立ては大間違いで、海に着いたのは夜明け前だった。絵梨を殴ったら、うるせえといって殴り返されて、もう一発殴った。でも殴り合ってても仕方ないから、バスを降りて歩いた。
空は淡いサーモンピンクとスカイブルーのグラデーションになっていて、雲一つない。空の下に広がるのは海。水平線に目を向けると、そこでは空と海が口づけをしているように見えた。こういうところからも、嫌でもクリスマスっぽさを感じてしまって、自分の思考に辟易する。
「十年後はここで死ぬのか―」
絵梨が他人事っぽくいう。彼女もあたしが感じたような感慨に耽っているのだろうか、口の端がだらしなくゆるんでいる。彼女がことばを発するたび、それは外気によって冷却されて、空気を白く染め上げた。
あたしは砂浜の上に続々と足跡をつけながら、絵梨に訊ねる。
「え、ちなみにさ、海で何死すんの? 溺死?」
「てか溺死以外できんの? アホじゃね」
うっさい絵梨のブス、あたしが毒づくと、絵梨は面白くなさそうに砂の上に唾を吐き捨てた。細かい砂粒が唾液で濡れて、ぼそぼそになる。
絵梨がアディダスのスニーカーと靴下を脱ぎ去って、海の中に素足をそっと差し入れる。でも、すぐに引っ込めて、やば、くそ冷たい入るんじゃなかったって後悔した。
あたしも絵梨も真似て、靴と靴下を脱いで、海水に足先で触れてみる。思ったより海水は冷たくって、毛穴が収縮する感覚がした。
結局めっちゃ寒くなっちゃって、あたしたちはスクバを背負って砂浜を走って、近くの海の家の自販機で缶のココアを二本買った。で、こうやっていう、うちらなんでクリスマスにこんなことしてんの、知らないって、で、ファッキューメリークリスマスっていって、ココアを一気飲みした。舌が熱くなっちゃったけど構わず飲み続けた。夜明け前の空では、星が瞬いてるようで、瞬いてなかったので、やっぱり世界のことは嫌いだなって思う、でもたぶん、あたしたちは十年もしたら現実に怯えてすっかり丸くなっちゃってるんだなって考えたらもったいなかった。だからいまだけでも、ちょっとロックな自分でいたい気がした、目を閉じて耳を澄ませる、そしたら波音が、散弾銃の銃声と歪みギターにきこえて、あたしは笑った。(了)
ファッキューメリークリスマス 堀川花湖 @maruuuuuco
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