第7話 キラキラの匂い
ボクは、今、毛布の上で眠っている。
外は、青々とした匂いがする。
きっと、また、あの新しい季節が来たんだ。
ボクは片目を開けてみた。ぼんやりとした光の中に、その新しい匂いを感じる。
とても、とても眠い。
瞼が重くて、開けられない。体の力が、全部、ふわふわと抜けてしまいそうだ。
パパとママの声が、遠くで聞こえる。
彼らは、ボクの頭を、何度も、何度も撫でてくれている。
その手のひらは、とても温かい。彼らの匂いは、悲しいけれど、今は優しさの方が強い。
でも、ボクは、起きなければならない。
ボクの仕事は、待つことだから。
キミちゃんが、もうすぐ帰ってくる。
今日キミちゃんが帰ってきたら、ボクはすぐに起きる。
そして、キミちゃんの匂いを、たくさん嗅ぐんだ。
キミちゃんに、ボクがずっと待っていたことを、全身で伝えなくちゃ。
ああ、眠い。うとうと。
…遠い、遠い。とても遠い場所から、誰かの声が聞こえた。
「コロ!」
ボクは、全身の毛が逆立つような、強い喜びで、耳をピクッと動かした。
キミちゃんの声だ。
ボクは重い瞼を開けて、窓辺を見る。窓辺に行かなくちゃ。ボクの仕事。
いつもの、ウキウキする足音が、聞こえなかった。
ボクの耳は、もう、音を聞くのが下手になってしまったのかな。
全然気づかなかった。
すごいよキミちゃん、いつのまにか、ボクのすぐそばに来てくれたんだ。
ボクの背中を優しく優しく撫でてくれる。
ボクは、嬉しくって、心臓がバクバクする。
「コロ!」
キミちゃんが、もう一度、ボクを呼ぶ。
声が近い。ああ、キミちゃんの匂いがいっぱいだ。
うれしい、うれしい。
ボクは、精一杯、尻尾を振った。
「コロ、行こう」
キミちゃんの声が、ボクを優しく包み込む。
その声を聞いた時、体が軽くなった。まるで重い布団の中から出たみたいに。
その声は、あの朝、キミちゃんがボクの頭を撫でてくれたときの手の感触みたいに、温かくて、柔らかい。
どこへ行くの、キミちゃん?
楽しい散歩?
秘密の場所?
ボクの目の前に、光が見える。
窓から入ってくる、朝の光でも、午後のオレンジ色の光でもない。
もっと、もっと、暖かくて、やさしい光だ。
キラキラって、ボクを呼んでいる。
この光の中には、悲しい匂いも、心配な匂いもない。
ただ、喜びの匂いだけがある。
キミちゃんの匂いがする。
色々な匂いが混ざっている、大好きな匂いだ。
キミちゃんの匂いが、ボクの全身を、隅々まで満たしていく。
キミちゃん、一緒に行けるね。
キラキラの光の洪水が、ボクとキミちゃんを包んだ。
悲しみの匂いもない、心配の匂いもない、寂しさの匂いもない、
大好きな匂いに溢れた光。
(ありがとう)
誰が言ったの?
パパ?ママ?それともキミちゃん?
ああ、これはボクの言葉だ。
<コロの窓辺 完>
コロの窓辺 雨後乃筍 @UGO_no_TAKENOKO
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