【天使の卵 スカウトキャラバン】 アイドルが「一日師団長」になって首都を制圧してみました

独立国家の作り方

天使の卵 スカウトキャラバン

アイドル

「こんにちは! 私はアイドルユニット『ノワール』で活動中の大原 美咲おおはら みさきです。今日は一日師団長しだんちょうを務めさせて頂きます」


 東京都練馬区。ここには茨城から静岡までの首都圏を含む広大な地域を担任する陸上自衛隊 東京第1師団の司令部が所在する。

 その第1師団も、今年で創立の節目の年となっており、例年にない嗜好を凝らしたイベントが企画されていた。

 それこそが、大手タレント事務所が企画する「天使の卵 スカウトキャラバン」で8000人の応募を勝ち抜いた5人のアイドルグループ「ノワール」メンバーによる一日師団長である。

 かつては、様々なタレントや子役が歴任したこの企画であったが、近年めっきりこの種の企画は実施されていなかった。

 今回、このノワールから、センターが決まっている大原美咲(17)がその大役を務めることになっている。

 東京第1師団にも、彼女の名は知れ渡っており、既に多くのファンを獲得していた。そんな現役自衛官たちのファンは、美咲の登場を今や遅しと待ちわびていたのである。


「美咲ちゃーん!!」

「ようこそ第1師団へ!」


 方々からファンの自衛官による声援が飛び交う中、本物の師団長である中川陸将りくしょうもご満悦と言った表情である。

 そしてこの師団司令部にも、多くの幹部自衛官ファンが居た。

 これが、今回の企画を後押しし、現実のものとされたのである。

 

「わたし、自衛隊の事って良く解らないんですけど、一生懸命頑張ります!」


 透き通るような彼女の声は、さすが大手タレント事務所が満を持してデビューさせただけの事はあり、それだけで声優並みの商品価値を持っていた。

 これもまた、芸能人として彼女の武器であり、当然優れた声質による歌唱力も抜群であり、各方面から将来を期待されていた。


 イベント会場となった駐屯地体育館は、そんなファンの熱気で溢れかえっていた。

 ステージ上では、濃紺地に金ボタンが鮮やかな女性自衛官の制服、そして肩には豪華な金モールで出来た儀礼用の階級章。肩から胸のボタンには、長い金線モールで編まれた飾緒(しょくしょ)がその存在感を際立たせる。

 一通りのレセプションを終えた後、美咲は師団長としての抱負を述べる事になっていた。

 ステージ中央のマイクスタンドに向かって、笑顔で進むその姿は、隊員からは天使のように見えていた、その時までは。


「えーっと、私は今日一日、皆さんの最上位指揮官となりました。まず最初に私が皆さんに命令すべき事は、ここに居る師団長の中川陸将を拘束し、幽閉することです」


 会場内は、一瞬何が起こったのか解らず、静まり返ったが、それが気の利いたジョークであると解るや、大きな笑いと拍手が沸き起こる。


「みなさーん、何か勘違いしていませんか? 私は今日、一日だけですけど師団長なんですよ。冗談ではなくて」


 美咲の声のトーンが、急に下がる。

 そして、隊員たちは事の重大さに気付き始めるのである。

 そう、一日と言えども彼女は今師団長、関東一円の隷下部隊数千人に対して、絶対の命令権を持つ人物なのである。

 そして、会場の沈黙を破るが如く、一人の幹部自衛官が白い弾帯を腰に巻き、拳銃を下げ、複数の部下を率いて彼女に敬礼をするのである。


「師団長閣下、ご命令に従い中山陸将を拘束します」


 彼らの動きは早かった。

 まるで余興の一つかのように何ら抵抗することなく手錠をかけられる中川元師団長。

 ここまで来ると、事態の異常性に気付いた隊員からザワザワと声が上がる。


「美咲ちゃん、これは何ですか?」

「余興か何かですよね」


 彼女は再び笑顔でマイクの前に立つ。


「そうです、これは余興です! 私、今日はせかっく師団長になったので、試しに皆さんと一緒に首都東京を制圧してみたいな、って思います!」


 一瞬、あっけにとられた表情を見せる隊員一同であったが、人気アイドル大原美咲の本気師団長に、その場に居た多くのファンが直ちに反応した。

 拍手が沸き起こり、次第に歓声が上がると、彼女の言う「首都東京の制圧」という一日限りの余興に付き合ってみようという熱気が最高潮に達する。

 もちろん、これは一種の対抗戦型演習だと誰もが思った。それ故に、多くの幹部を含む現職隊員がこれに悪乗りをして会場を盛り上げようとした。

 そして、少しでも目立ち、将来有望な大原美咲とお近づきになりたいという下心が少なからずそこにはあった。


「それじゃあ、皆さんは一度部隊に戻って完全武装を整えて出動に向けて待っていてください! テレビ局も沢山報道してくれると思うのでー!」


 会場から「オー!!」の勝鬨かちどきが上がると、流石は現役の自衛官、即座に部隊へ戻るや甲種非常勤務体制こうしゅひじょうきんむたいせいへと移行、部隊は手柄を取ろうと指揮官たちが激を飛ばす。

 そんな中、幕僚の将校団を率いて美咲は「作戦室へ」と一言発すると、それはまるでもう何年も師団長をしていたかの如く命令を下すのである。


「皆さん、私には時間がない。レセプションに要した1時間を除けば、私に与えられた時間は23時間を切っている。速やかに首都を制圧するため、諸官等しょかんらの力を貸してほしい」


「もちろんです師団長閣下。しかし、首都を抑えるとなると、警視庁と一戦交えることになりますが」


「うん、そうだね。けどそこは織り込み済み。1部長、このアドレスにテレビ電話回線を繋いで、ここの大型モニターに出して」


「・・・・このアドレスは?」


「繋げば解る。通信隊ならこれだけで解るでしょう」


 第1部長は、彼女が先ほどまで見せていたアイドルらしさや、17歳の高校生っぽさが今は鳴りを潜め、まるで本物の師団長の如く振る舞う事実を、呑み込みきれない様子であった。


「第3部長、火薬庫の解放許可を出すよう副師団長に伝えて。そして、各駐屯地に所在する第1師団隷下部隊の隊員全てに、実弾を交付するように」


「・・・・実弾・・ですか?」


「出来ない? 君たちは有事に際して師団長から即座にと言われて、この程度の反応しか出来ないレベルなの? 出来るでしょう、天下の東京第1師団なんだから」


 作戦部長である3部長は、流石に冷汗が出た。

 そもそも、実弾を突然持ち出すことは許可が必要だ。

 警察だって黙ってはいないだろうし、やはり通告はしておくのが筋である。

 しかし、そんな考えを吹き飛ばすほどのインパクトが、画面全体に映し出されたのである。


「皆さん、こんにちは! 一日警視総監をしています、ノワールの花岡 萌香はなおか もえかです!」


 幕僚陣の表情が、一瞬で凍り付いた。

 誰でも解る。同じアイドルグループのメンバーが、同日同時に師団長と警視総監をしている事実。

 これでは実弾が交付出来てしまうではないか、と。

 

「諸君、これでお分かり? 警察と自衛隊、現在東京都下の治安は、完全にノアールが掌握している。つまり問題が無いという事。解ったら実弾の交付を急がせなさい」


「ゴメンなさいね、皆さん。こちら(警視庁)も皆、とても言う事を聞いてくれていますから」


 正直、良く出来た余興だと誰もが苦笑いした。

 十代の高校生アイドルユニットが、ここまで周到に準備をしたのなら、大人として達成してあげようじゃないか、と言う空気が醸成されてゆく。

 明るさを取り戻した作戦部長が、美咲に次の指示を乞う。


「うん、練馬の部隊は兵科によらず全員出動できる如く車両を準備、駐屯地内は手薄で問題ないよ」


「よろしいのですか? 駐屯地を手薄にして」


「この事態に、一体だれが練馬駐屯地に進軍出来る? 関東一円は今現在、私が指揮権を握っているのだから」


 とても17歳の頭脳が導き出したとは思えない高度に軍事的判断と言えた。

 この分野のプロである作戦部長ですら、現状の兵力を鑑みれば、全力で出動しなければ国家中枢を掌握することは困難だろう。

 

「して、制圧目標は?」


「第一に、国会議事堂、日本銀行、在日米軍赤坂プレスセンター、NHK放送センター、日本赤十字社、余力が見込めるならば東京都庁を含ませて」


 これにはさすがの作戦部長も驚きの色を隠せない。

 実に的確な制圧目標選定だ。

 かつての「2・26」事件では、その目標に警視庁や首相官邸も含まれたが、今は未だ午後になったばかり、総理は首相官邸にはおらず、国会会期中で議事堂に全ての閣僚が揃っている。

 そして、警視庁は既にノワールの手中にある。

 優先すべきは在日米軍と公共放送施設だろう。ここを抑えることで、広く国民に事態を啓蒙することが出来るからだ。

 本当に、良く出来た余興だと、その完成度に感動すら覚える作戦部長である。


 こうして、首都東京の制圧は約3時間と言う異様な短さで達成された。

 そして、東京にも夕刻が訪れようとしていた。


「どうしたの? 不安?」


 美咲が作戦部長に問う。しかし、この時の作戦部長はむしろこの訓練があまりに順調に進んでおり、その手腕に感服していたのである。

 長く作戦畑で勤務してきたが、正直これほどの指揮は見たことがない。

 

「師団長、大変です! 群馬県と埼玉県の県境に、部隊が大挙して押し寄せています・・・・第12旅団です!」


 第12旅団、甲信越一帯の防衛警備を担任する部隊であり、師団ほど大きくはないものの、それに近い兵力を有している。司令部は群馬県相馬


「フフ、来たか」


「師団長は、来ることを予測されていたのですか?」


「ええ、もちろん。今日は第12旅団で一日旅団長をしているのは、ライバルグループ「ヴァイス」のメンバーだから」


「・・・・ヴァイス?」


 ヴァイス、それはドイツ語で「白」を指す。逆に「ノワール」はフランス語で「黒」を指す。

 同じタレント事務所ながら、この二つのグループは敢て反目するよう逆のコンセプトで結成されていた。


「作戦部長、12旅団に有線通信を」


 まだ、師団・旅団は一般回線が使用できるため、それは通信部隊によって速やかにテレビ会議方式で繋げられた。


「あら、美咲さん、制服姿もお似合いですこと」


「やっぱり君だったか、榊原 さかきばらエル」


「首都東京の奪還、私はそれを命じています。ノワールの好き勝手にはさせませんわ」


「うん、望む所だよ、相手が君なら不足はない。かかっておいで!」


 短い通信ながら、二人はそれで全てを理解した様子だった。

 

「12旅団が来る! 都内を制圧している在練馬部隊以外の1/3勢力を埼玉北部の県境へ配置」


「師団長、1/3でよろしいのですか?」


「それでいい。恐らく旅団は越境しては来るけど、これはある種の囮だろうから」


「はあ・・・・12旅団以外にも首都奪還を企図しますか?」


「うん、するよ。榊原 エルと言う女は、そういう子なんだから」


 そう言う美咲の表情は、どこか楽しそうさえ見えた。

 戦場に取りつかれた軍人のそれを、作戦部長は大原 美咲の中に見た気がした。

 東京第1師団は、第12旅団を迎え撃つべく、利根川河川敷に広く小銃小隊を基幹とした部隊を配置した。


「師団長、よろしいのですか? 近代戦で装甲車もなく、このような歩兵を散らして配置する戦法はあまり聞きませんが」


「うん、問題ない。12旅団は戦車をほとんど保有出来てない。恐らく即応機動連隊が到着するまで、越境作戦は対人戦が主作戦となるでしょう」


「しかし、航空機による爆撃が考えられます」


「大丈夫だよ、手は打ってある」


「・・・・それは?」


「所沢にある航空局交通管制部、あそこの一日部長に、ノワールのメンバーが着いているから」


「航空局交通管制部・・・・本当ですか?」


 航空局交通管制部、埼玉県所沢市に所在する一見すると地味なセクションだが、航空管制を司る重要な役割を果たしている。

 ここを抑えておけば、良くも悪くも敵味方双方の航空機は事実上飛ばすことが出来ないのである。


「そうか、それでこのような徒歩兵を散らしたんですね・・・・まったく、お見事です」


 作戦部長が言う「お見事」とは、決してお世辞などではない。

 このような一見地味な作戦であっても、危険の芽を全て潰した上で成り立つものであり、常人には出来ない芸当だ。いや、理解は出来ていても、本当にそれを実行するにはよほどの覚悟が要る。

 今、自分の目の前に居るのは、17歳のアイドルなんかではない、自身が生涯を通じて最高峰と崇めるに値する指揮官なのだと彼は思う。


「美咲さん! 首都圏の航空機、全部止めておきました・・・・どうか存分にやってくださいね」


 大型モニターには、一日航空局交通管制部長である小宮 芽衣こみや めいの姿が大きく映し出されていた。

 大原 美咲はニッコリ笑うと、特に言葉を発しなかった。

 師団司令部のメンバーには、それが不気味に映っていた。一日航空局交通管制部長の小宮 芽衣と、この首都制圧に関して、そこまで阿吽の呼吸が出来上がっているという事実が、彼らの眼前に横たわっている。

 それは絶対の支配であり、決定的な実力である。

 彼女たちは今、頭脳で首都を制圧しようとしているのだから。


「師団長、警視庁より通信が入っています、緊急だそうです」


「うん、つないで」


 そこには深刻な表情を浮かべるノワールのナンバーで一日警視総監の花岡 萌香の姿があった。


「どうした、萌香」


「美咲さん、ちょっと困った事が」


「うん」


「埼玉県警が、警視庁に呼応しません」


「・・・・なに?」


「県警への根回しは完璧のはず・・一体何が起こっているんでしょう?」


 美咲は一瞬、何が起こっているのかが解らず、珍しく真っ白になっていた。 

 しかし、それも一瞬の事で、彼女は直ぐにスマホで何か検索を始めたのである。


「ほう・・・・これか。 フフフ、これはやられたわ。 まったくやってくれる(フフ)」


「・・師団長、一体何が?」


「まったく、やられたわ。今日の一日国家公安委員長に、ヴァイスの三上 葵みかみ あおいが任命されている」


「一日国家公安委員長?」


 美咲にスマホ画面を見せられた作戦部長は、顔面蒼白となった。

 警察組織の縦社会を、良く知っているからだ。

 一体、なんだって女子高生に一日〇〇と言う役職を同時に付与したんだと、流石にバカバカしくなってくる。

 こうなると、警視庁は他の県警本部とは完全に切り離された組織となってしまう。

 そう、現在第12旅団を迎え撃とうと進軍中の部隊は、埼玉県内で県警によってその進行を阻止されてしまう事を指していた。

 これは完全な誤算である。

 

 美咲は、師団司令部の全員を作戦台の周囲に集合させると、素早く新たな作戦を示す。


「埼玉・群馬境界を放棄し、東京・埼玉の県境に新たな防御線を構築する。部隊は速やかに西新井方面の国道4号線と122号線の阻止線を構築、これを中心に扇状に防御線を構築する」


「よろしいのですか?」


「構わない。まだ首都東京は我が方の手中にある。埼玉県など12旅団を迎え撃ち、殲滅せんめつした後に回復すればそれでいい」


 そう言う美咲の口元は、笑っているように見えた。

 ノワールとヴァイスのメンバーは、こうして第1師団と第12旅団の決戦となる、長い夜に突入したのである。 



~終わり~

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【天使の卵 スカウトキャラバン】 アイドルが「一日師団長」になって首都を制圧してみました 独立国家の作り方 @wasoo

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