3 ひと時の休息
朝日が昇り、周囲に危険が潜んでいないことを目視できるようになると、春臣はひときわ大きな杉の根本に咲を降ろした。自身はそのまま、樹齢何千年はあろうかという巨大な幹に背中を預け、眉間を険しくして荒い息を繰り返す。
辺りには金色の木漏れ日が落ち、小鳥が鳴き交わす長閑な音が響き渡っている。差し迫った状況は脱したらしく、張りつめていた気持ちは反動で大きく緩む。ぼんやりと眠気すら覚えるほどだ。
とはいえ、咲よりも春臣の方が休息を必要としているということは、誰の目にも明らかである。
全身の筋肉を痛めたのだろう、少し動くだけで苦し気にする春臣を目にし、咲は罪悪感を覚えた。
「すまなかった、春臣。重たかったか」
「命の重量ということでしょう」
つまり、たいそう重たかったということか。まさか、「羽のように軽うございました」と述べよなどとは思わぬが、あまりに疲労困憊した男の姿に、咲は憮然として立ち上がった。
「そうか、では挽回しなければな。幸い、足首の痛みは一時よりも引いてきた」
「どちらへ行かれるのですか」
「茸か野草でも採ってこよう」
「お戻りください。万が一にでも敵に認められれば大変です」
「大丈夫。あそこの倒木周りの下草を探るだけだから」
「食用の茸や草を見極めることができるのですか」
「手当たり次第採って来るだけだ。あとは春臣が選別してくれ」
春臣は小さく溜め息を吐き、首を横に振った。
「私にもさほど知識はありません。それに、植物の中には触れると指が爛れ落ちるような種類もあります。良いからお戻りなさい。空腹ならば、ほら、ここに
春臣は腰に括りつけた袋から、一度炊いてから乾燥させた米を手のひらに出して差し出した。咲は不服ながらも彼の隣に腰を下ろす。
「腹が減ったわけではない。春臣に精がつくものを食べさせたかっただけだ。それと」
咲は干飯を一摘み口に含んで唾液で戻しながら、唇を尖らせた。
「私はもう大人だ。子ども扱いするな」
春臣は、予期せぬことを聞いたとばかりに目を丸くして、咲の頭頂から爪先までを無遠慮に眺めた。それから、咲の非難がましい眼差しに気づくと、目を伏せて、軽く頭を下げる。
「それは……そうでしたね。無礼をいたしました」
十以上も年長であり、咲と匡総が生まれたばかりの頃から二人を見守ってきてくれた春臣である。獅子王家の姉弟がいつまでも子どもに見えたとしても仕方がない。
咲は鷹揚に頷いてから、竹筒から水を飲む。水分を含み柔らかくなり始めた干飯の、ほのかな甘みが口内に広がった。
「わかったならばそれで良い」
「恐縮です。しかし姫様」
春臣は痛みに身体を軋ませ、生真面目に言った。
「草で精はつきませんよ」
「そういうところだぞ、春臣」
朝日を浴びてやっと、人心地ついたばかり。このような時だというのに、いつもと何ら変わらぬ臣の調子に、咲は心の強張りが少し解けるのを感じた。
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獅子王家の最後の姫 平本りこ @hiraruko
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