後日談:エッグノックは苦かった
パタン
扉の音にハッと目が覚めた。ふるふると頭を振り、両手で顔を覆って目元を揉む。チカチカする視界が焦点を合わせて見せた仕事の山にげんなりと肩を落とした。
そこにふわりと甘い香りとともにカップが置かれる。
「こちらを———厨房の者からです」
「ありがとう」
クロースル様とのこの遣り取りも大分 慣れてきた。元騎士団長による礼儀作法教室は地獄だった———うっ思い出したら おなかが痛いです……。様付けくらい許してください抜けないんです。
苦い記憶を払拭する為にもカップを持ち上げ、ミルクとシナモンの甘い香りがしてホッとひと息。そうしてカップの中を覗き込んで瞬きした。
エッグノックだった。
「ああ、酒精は入っていないのでご安心を———まだ やるべき事は残っております故」
「その節はスミマセンデシタ……」
クロースル様が私付きになってから、徹底的にお酒が遠ざけられてしまった。
一応 酔っ払った記憶は残っていますよと言っても駄目だった。内容を覚えていられるならば良いと言われましたけど———それって結局飲むなって事ですよね…?ブランデーやエールが恋しいです。
一口飲んで———途端にさっきまで見ていた夢が蘇る。
あれから、
あれから……
「クロースル様」
どうしよう。
机に山となっていた書類が消えた。
急に部屋が暗くなってしまった。
あの頃のように。
「これ、やっぱりお酒入ってます……」
カップの底をソーサーに乗せてゆらりゆら。
見た目は変わらないエッグイエロー。
酒精の抜けた祝いの日。
クロースル様は何も言わなかった。
ただ静かに窓の外を眺め、カップを口に含んでいた。
今日も蒼穹は美しかった。
「・・・苦いです」
あの時のは、とても甘かった。
それはもう
とろけるように甘かった。
エッグノックは苦かった 龍羽 @tatsuba
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