エッグノックは苦かった
龍羽
エッグノックと よい夢を
さてここに、困った事態があった。
「ディア」
「ノエルです陛下」
すかさず訂正されるのはいつもの事なので気にしない。
「いつも申し上げてるではありませんか、ぼくの事はディアではなくノエルとお呼びくだはいと、何度も」
「親密になるには
「ぼくは良いのです!へーかにはもっと仲良くなるべき方がおられるでしょう!」
「たとえば?」
「はとえば? ほーうですねぇ……」
うーんと、と考える姿は大変好ましいのだが、欲を言えれば普段からお願いしたいのだが、そうではないのだ。
ソファにくつろぐ私、に 小動物が如くゴロゴロと懐くディア———眼福である。いやそうではない。そうだけど。
私は、ディアともっと仲良くなりたいのである。
本日は私の生誕祭だった。
義理は果たしたので、自室に退がると断り早々に宴席を離れ(こう言う時に幼き頃 病弱だった事はとても都合良く作用してくれる)足止めを親友に頼み、抜け道から城内の騎士たちが使う厨房へ労いがてら忍び込んで来た。
そこでエッグノックなるものが目に入ったのがこの事態の原因だろう。
聞けば卵とミルクと幾らかの
酒に弱いディアにもこれなら良いかと少し分けてもらい。本当は『一杯を二人で分ける』がやりたかったが、それでは絶対に飲んでくれないのは目に見えていたので二杯である。卵もミルクも、もちろん香辛料も酒も貴重なものなので申し訳なかったな、と言うのは現実逃避か。
まさかそのエッグノック一口でこうなるなんて誰が予想できようか。
いや割と想像できるな———火を通しているのは材料の卵とミルクと香辛料で、酒には特に火が通っていない。厨房の者も、自分用のは豪快に酒を入れていた。
作るのを顔見知りに全て任せていたから大丈夫だと思ったが、どうやら甘かったようだ。見通しが。
後日どのくらい入れたのか聞いた所、量は少ないが度数は高かった。甘い酒と言ったではないかありがとう。
「ところでディア」
「ぼくは正気えふよ?」
間髪入れず答えるが、そのちょっと首を傾げる動作は駄目だろう。
「酔っ払いは決まってそう言うと聞いたが」
「へーかはわかってまへん!」
「うん、それで良い。ただねディア———この距離だが」
いくら仲良くなりたいからとて、物事には順序というものがある。だからこの状況はちょっと、いやかなり よろしくない。
「普段なら私も大いに喜ぶ所だが、私も男だからな…?」
「陛下が女性だと みんなが困りまふね?」
私は先程から、駄目な扉が今にも開きそうなのだ。正直な所
「だいぶん酔ってるだろう?———いや一応足止めは頼んで来たが、万が一はある。誰か来たら———」
「何をされておられるのです?」
「あ」
「くろーふるさま!」
「クロースルだよディア———どうしたんだドニィ」
ある意味一番安全だが一番の堅物が来てしまった。
「ドナルドです陛下」
「良いではないか。ドン・クロースル」
「貴方も酔っておられますね…」
呆れて肩を落とすドニィ。しかしほろ酔いのディアに焦点を合わせるとキッと眉を釣り上げた。
「ノエル殿!貴殿ともあろう者がなんたる体たらくか!いくら陛下の生誕祭だからとて、腑抜けがすぎるぞ!!」
瞬間ディアは がばっと立ち上がって敬礼をした———その辺の騎士のより綺麗だった。
「あいあい!申し訳ありやせんでした、騎士団長殿!かうなる上はへーかに自首し、かならずやお土産を調達してくる所存であります!!」
支離滅裂な事を申し開いた後は、糸が切れたように元の体勢に崩れて来た。半分以上入ったままのマグを溢さずとはいつもながら見事だ。私の懐で納まりの良い所をもぞもぞと探している。
そんなディアの様子にあんぐりと顎を落としたドニィの様はたいそう見物だった。そうだろう。初見では驚くな。私もそうだった。
何せ普段は小柄ながらも凛と涼やか かつ理知的な女性が、酔いが深くなると荒くれの男のように振る舞うのだから———普段の姿しか知らないとギャップが凄いのだ。
できれば見せたくなかったが。
だが流石はドニィ。すぐに持ち直してきた。わなわなと肩を振るわせ、やがて地の底から這い出して来たような声を絞り出してくる。
「……陛下。」
「酔ってはいない彼女ほどは」
「酔った者は大抵そう言うものです!」
「むふふふ」
ディアの鈴音に釣られて笑ってみるも、効果は薄い。
まあ確かに宴席では色んな所からグラスが出て来ていたが。種類なんてもちろん覚えていない。その後抜け道を通ってここまで散歩がてら来たのだからバッチリ運動もして来た。いやはや私も随分 健康になってしまったものだ。
思えば今日は朝からやれ執務や準備や宴席やと忙しすぎて疲れた。
即位前なら考えられない程に頑張った。
だからだろう———すごくやんわらかいモノの感触がする。
出来るならこのままそこに埋もれて離れたくない。
そこまで考えて「あ」と顔を上げた。ドニィの顔がみるみる赤く色付いていく———雷が落ちる兆候であった。
「健全な距離では無い!」
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