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 仮眠から目覚めた私が見たのは、眠る前と打って変わった極彩色の世界だ。赤といい青といい緑といい、さまざまな色の絵の具をべたべたに塗りたくったような煩い視界の中に、白衣の少女が一人立っている。肌は浅黒く、髪の毛は金色だ。研究者のような出で立ちをしている。

 私はすかさず闇を探したが、どこにも無かった。それどころか穴蔵もなければ、闇に出して貰った道具や衣服の一式も消えていた。


「実験はつつがなく終わりそう?」

 少女が訊いた。私に向かって訊いているということに、数秒かけて気づく。私は意志に反して頷いた。

「彼らの行動に異常は見られません。このままいけば極寒地における活動、および運用を見いだせるかもしれませんよ」

「そう。彼らは有効な労働力だから」

 少女はにこりと音がしそうな笑みを浮かべる。私は薄ら寒くなったけれども、やはり意志に反して、同じくらい完璧な笑みを浮かべて見せた。

「被検体たちはよく働いてくれています。彼らの特性としてまじめで勤勉であることを挙げねばならないかもしれません」

「それはどうかしら。ただ必死なだけかもしれないわ。間違っても自分が死なないように」

 少女が硝子を数枚隔てた実験室へ目をやる。そこでは、四角い部屋で雪と格闘している人間達が、疲れ、諦めて、肩を寄せ合って暖をとっていた。


「私たちがこの星をのっとる時に問題なのは、この星の寒さだった」


 少女が言った。


「多量の水を有し、温暖で生命に富む。ここまではよかった。けれど、今のこの星は余りに寒すぎる。だから、数少ない原住民を使う必要があった」

 少女の細い手が硝子ごしの男性にふれた。

「けれど、彼らは本来的に我々より脆いのよ。いきなりコロニー建設予定地の寒冷地区に放り出して、死なれても困る。種の保存ということがあるし。それに連邦の定める《虐待事案》に抵触する可能性がある」

 少女は黒い瞳をこちらへ向けた。私はそれが、闇の輝きによく似ていると思った。


「私たちは、彼らを有効に、そして有力に使うための試験を行っているの。おわかり、Nエヌ


 ――私はその時、新しくみずからに名付けた名前のことを思い出した。そうだ。この星の言語からひと文字。この星に入植すると分かったときに、籍を書き換えたのだ。


「だから、無駄な情を寄せるのはおよしなさいな。私、わかっているのよ」

 少女はそう言うときびすを返した。彼女の褐色の刺々しい尻尾が、床を数度打った。

「嫉妬しちゃうわ……」

 少女の声が消えるか消えないかの刹那に、あるが瞼の裏に写り込んだ。それは男で、白く、ほっそりと痩せており、目ばかり大きい男だった。男は、さまざまの色で絵を描いた、そして祈った……。



 私ははっと目を覚ました。雪の穴蔵の天井に相当する部分が、私の目の前に陰を晒していた。

 起き上がって外の具合を確認すると、雪はしっかりと降り積もっていた。箒とスコップで雪を穴蔵の上に載せて固めたあとは、再び穴蔵を補強し大きくする作業に没頭した。


 生きるために生きるのだ、という気持ちが私の脳裏に浮かび上がり、泡のように消えていく。消えたかと思うと浮かび上がる。


 これは私自身の生存本能なのか、それとも彼に感化されたためにそう思っているのか、区別がつかなかった。しかし、それでもいいと思った。私はこの実験を完遂する。


 今、そう決めた。

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2025年12月30日 00:01

No/oNe 紫陽_凛 @syw_rin

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