シルティのお話
第2話
フォルシュングハイムは国内の錬金術師が集う街。私、シルティ・エシャゼーレはここで生まれて、ここで暮らしてる。
錬金学校で天才と称される私は(複数の先生評判。同年代からは……)、冬学期が始まる前の夏休み中にとある錬金術に没頭していた。
それが〝ホムンクルスの錬成〟。天才――であるがゆえに、私はすぐに成功させて、小さなフラスコの中でホムンクルスを育てていた(これを天才と言わずなんて言う? 同年代のおバカちゃんたち)。
――だけど、うまくいきすぎた。
あくまで私は、お遊びとしてルリスを作ったのに(話し相手代わりとしてもね)、冬学期の講義が始まる十月十日の私が家から離れている最中にルリスはフラスコの中から出ていた。
成長抑制液から出たホムンクルスはすさまじい速度で成長し出して、十三歳程度の見た目まで成長してしまった。錬成する際に知能や細胞数は抑えてるから、これ以上の成長はないわけなんだけど、ホムンクルスには大きな問題があったりする。
ホムンクルスは錬金術法・第八条・十五項・九号に、『錬金術を用いたホムンクルスの錬成は……(中略)とであり、禁止とする。これをもって……(中略)したがって……(中略)の時には、懲役最大二十年とする』と書かれてる。
つまりどういうことかっていえば、私はかなり危ないってわけ(首にナイフの刃先が当たってるぐらいに)。
フラスコの中にいる分には、いつだって処分することはできた。だけど、外に出てしまったらそうはいかない。細胞がつねに活性化状態になって、〝不死身〟の身体になってしまう(ホムンクルスの錬成がダメな理由ってやつですよ、これが)。
ただ記憶に関してはつねに忘却する。
フラスコの中の記憶はあっても、フラスコの外の記憶は忘却し続ける(これは異常な活性化状態が続くことによる脳の弊害だと、三百年前の錬金術師パラケルスが残してる。ご存知でしょうか? 平凡な学生諸君。私は七歳の時からこれを知っていたけれども、キミたちはいつ頃?)。
つまり私はかなりめんどくさい状態になってしまった。家にいる時も気が気じゃないし、学校にいる最中はつねにビクビクする生活を送る日常になってしまった。
だから私はルリスを殺した。
何度も、何度も――何度も。
二回や三回じゃない、十回以上は試みてる。
だけど、ルリスは時間が経てばすぐに生き返る。しかも記憶が忘却し続けるから、自分が殺されたことも覚えてない。シルティ、シルティ――とルリスはすぐに私に近づいては、笑顔でいる。
ズタズタにナイフで刺しても、一時の悪い夢だったかのように生き返っては、シルティ、シルティ――と繰り返す。
フラスコの中にいた時はかわいかった。私の名前を呼んでは懐いていて、ルリスと楽しく話していた。でも、人間の形をしたルリスがミニチュアなサイズから、通常の人間のサイズまで大きくなったとき、私は怖かった。
どんなに私の名前を呼んで懐いていても、ルリスが人間ではなく、ホムンクルスだという事実。制御が効くことのないルリスはもはや、愛玩動物にすらならない。
だから何度も殺した。
死なないことがわかっていても、どこかで本当に小さなことがきっかけで死ぬかもしれないと考えた(これはまったく論理的ではないけれども、私の頭はそう囁いていた。『いつかは死ぬ』って)。
ルリスがフラスコの中から出て、一か月。つまり――現在、十一月十日に私は山の中にルリスを埋めようと企んだ。
フォルシュングハイムから西に少し歩くと、ブラウヴァルトという森がある。名前のとおり、そこは
私は事前に森の中に穴を掘っていおいた。
ルリスを連れてこの一か月で五回目のカフェに寄り、フォルシュングハイムから外に出て、ブラウヴァルトの穴まできた私はルリスの首を後ろから縄で絞めて穴に埋めた。
それから私は暗いなか家まで帰ってきて、ソファにじっくり腰を掛けた。生き返っても、もう土の中から出ることはできないって考えてた(土の重さは一立方メートル辺り、約一・五トンと考えれば、とてもじゃないけど持ち上げられる重量じゃない。体勢もまとも取れない土の中じゃゾウだってムリなわけだから)。
久々にライン川から汲み上げた水を使った浴場に行って、身体をきれいにしよう。後はボサボサの髪もきれいに切ってもらおう。一か月間、自分の生活がままならない状況だったから、これでやっとすべて終わった――そう考えていたときに、家のドアが開いた。
解放感から鍵なんて掛け忘れてて、ソファにいた私が見たのは地中から脱出したルリスの姿だった。ルリスはこう言った。
「シルティ!」
それはもう笑顔で私を見ていた。
だからまたいつもの地下室にルリスを閉じ込めた。
地下室は錬金術の実験部屋だったのに、いまじゃもうまともに使えてない。
だけどよかった。
地下室の音は外にはほとんど届かないし、脱走もルリスはしない。きっと、あそこの部屋がルリスにとっては戻る場所になってるのかもしれない。それでいて、ルリスの記憶は忘却される。私がルリスを殺していることだって、すぐ忘れる。
今日はたしかにルリスを殺し損ねた(毎回そうだけど、今日は特に)。だけどまだ明日も明後日もある。私の精神がいつまで持つかなんて、頭の中で考えても寝不足にしかならない。
ああ、一安心できることがあるとすれば、ルリスが忘却してくれてるおかげで、私の行いに罪悪感を感じなくて済むというところ。
いくらルリスがホムンクルスであっても、人間の形をした、人間を模した、人間の姿を持ったルリスを殺す度に私の精神は異常をきたしそうになる。
「ルリスはホムンクルス、人間じゃないよ。ルリスはホムンクルス、人間じゃないよ。ルリスはホムンクルス、人間じゃないよ――」
私は自分にそう言い聞かせることでその事実を自ら忘却している。
もしも、ルリスが『本当に起きた』ことを覚えていたらどうなるか(人間ならざるホムンクルスが私に敵意を向けた瞬間、私の人生は終わりかな。だったらついでに錬金学校の頭の悪い連中も全員終わらせてほしいけど)。
ソファにぐったりと座った私は、すべてのことに手をつける気もなく天井を眺めた。
変わらない天井を数時間眺めていた。
部屋の中は物が散乱している事実が頭をよぎるけど、そんなことより天井を眺める方が何よりも大事だと考えて、何もせずソファから天井を眺めた。
それから朝がきた。耳に外からの朝の雑音が聞こえた。
やっと動き出す気になったから、ソファにくっついていた身体を剥がして立ち上がった。
「……ルリスを殺さなきゃ」
私は今日もまた、地下室のドアを開けた。
フラスコの中のちっちゃな恋はもうおしまい 鴻山みね @koukou-22
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