第6話 閉門、そして、エピローグ

 「ごぉめんねぇ~」

 私は頬の裏側に貼り付けた小袋を噛んで破る。

 溢れ出た液体をシスターに舌で流し込んだ。

 目の前でシスターの白い顔が、どす黒くなる。

 同時に私の身体が動くようになる。

「聖水が苦しいなんて、シスター失格ね」


 床で苦しむシスターを横目で、武装を整えながら手鏡を拾って胸にしまった。

「記念として、貰っていくわ」

 私は、小剣を抜剣して、礼拝堂の扉を開けた。


 カッコよく飛び出したけど、すぐに通路を間違えてしまった。

 私が覚えていた城の図面が、左右反対だと気づくのが遅すぎた。


(礼拝堂で城のしくみが分かったはずなのに…)


 へまがへまを呼ぶ。

 違う、きっとデバフだわ、あのサキュバスの!

 魔物に差した剣は根元からぽっきり折れた。

 そして、その場から逃げたら、今度は魔物の塊と鉢合わせしてしまった。

 後ろに跳んで、距離を取る。着地と同時にオナラがぷっと出た。


「くそっ!」

 赤面しながら大きい声で誤魔化す。

 こうなった以上、敵の殲滅しかないわ。

 私は腰のもう一つの武器、レイピアで――グギッ、指が、突然叫び始めた。

「……っ、痛ったぁーーー」

 指がリングガードに突っ込んで、関節を打ったのよ。

 突き指だわ、最悪!


 利き指を痛めた以上、正面突破は無理。

 逃げながら考える。指がズキズキ痛むおかげで、逆に頭が冴えている。

 ならば治癒魔法を掛ける訳にはいかない。


 つまり戦えない。

 隠密行動しかないけれど、階段付近は、多くの魔物ですでに固められている。

(指痛いよ~)


 魔物が守っているという事は、まだ時間があると前向きに考えて走る。

 ただ、そんな時間があるとは思えない。

「どうするのよ、私!」

 わざと声に出した。心の半分が、首を横に振っている。

(無理よ)

 前向きだけど、心の半分は、シルヴァンに助けを乞おうと思ってた。

(もう少しだけ…)

 涙を零しながら走る。そして開いた扉の中を見た。

 大広間だわ。

 魔物も少ないけどいる。

 それより、その先に見えた物がある。


(ならば、中央突破あるのみ)

 指がズキズキする、だから、私は正気のはず。

 私は、体勢を低くして疾走し始めた。


 広間にいた魔物が私に気が付いた。


 私は魔物が攻撃に移る前に、彼らの脇を速度を落とさず疾走する。


 大広間を抜けて、テラス、手すりへと、跳ねるように走る。


 目の前には、遠くに点々と建物の灯りが見えるけど真っ暗な夜空。


(大丈夫、あとは勇気)


 そしてテラスの手すりを宙に向かって蹴った。

 こんな思い付き、戦術もクソもない。これじゃ素人じゃないの私…


 満月は、辛うじて、西の山に見える。

 小径を越えて、真下に城が見えた。


 入れ替わった本物の城、遠回りしたけど、これでおしまい。


 水面に揺れる城がもう目の前にある。


(大丈夫)


 私は、音もなく、池の水面を抜けた。

 そして、城の正門に着地した。


 あとは、そう、この門を閉じるだけ…


「ご苦労様」

 振り返るとそこにシルヴァンがいた。

 相変わらず、口元に笑みを絶やさないなぁ、このエルフは。


 その、彼の笑顔、いや辺りが暗くなった。

 一瞬、身構えたけれど――力を抜いた。

 月が西の山に沈んだだけのこと。


 シルヴァンは、ランプを灯した。

 それから町へ戻るまで、私は、さんざん文句を言ったっけ。

「知ってたなら、教えといてよ!」


 おごりで、飲み屋に入った。

 あの時の酒の味は、美味しかったとしか覚えていない。


 いや、少し苦味があった気がする。


 そして、シルヴァンにこう尋ねられたのを思い出した。

「それで、キルケが得たものはあったかい?」


 これっと言って、この手鏡を見せたかは、思い出せない。

 そもそも、そんな返事を求めていない事は分かってる。


「キルケさん、急いでください」

 窓の外から、スレイマンの声がした。


 私は、急いで手鏡をカバンに入れて、部屋を出た。


 私は『籠の鳥』のメンバーとして、今も仕事や旅をしている。

 相変わらず下に見られている気はしてる。


 だって、私が一番若いから。


 階段を飛び降りて、宿を出た。

 雲一つない青空が眩しい。


「ごめん、お待たせ」


 目の前に、私を待っている仲間がいた。

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籠の鳥は、闇を喰らう<二つの城> ささやん @daradarakakuo

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