第5話 礼拝堂と真相

 シスターは笑顔のまま、両手に指で私の頬に手を当てて小首をかしげる。

「おかしいわね、あなた、女性でしょ?」

 サキュバスは、私の胸を触れて、おほほと笑う。

「私の魔力が、強いからかしらねぇ」

 私は、辛うじて動く口で尋ねた。

「城の門を閉じたらどうなるの?」

 これだけは、どうしても訊いておきたい。

 サキュバスは、私の頭を撫でて髪の匂いを嗅ぐ。

「今の貴女に何ができると言うの?」

 そう言うと小声で、

「殿方が来ないのが残念だわ」

 と繰り返している。

「できないわよね、だから、教えてあげる。城が入れ替わるのよ」

 八十年ぶりなのよ~と教えてくれる。

 不意に頬を叩かれた。その代わり、頭の一部が冷静になる。

「教えてあげたお礼は、無いのかしら」

「あ、ありがとう」

「いいのよ、でもね、貴女は私のお人形なのだから勝手に話さないでね」

 優しい表情と声は変わらない。

 私は、手の甲をつねられたまま、ソファに座らされた。


 いきなり、顔を私の顔に近づける。

 とても可愛いの。それが狂気を上乗せする。

「サキュバスって、悲しいわね、女の子は愛せないの」

 チュっと口づけをされる。

「つまらないわねぇ、そう、貴女の殿方の話をしてちょうだい」

「えっ」

 両手を太ももに上に置いて、身体を左右に振って私を見ている。

 その仕草は、おねだりしている子供のようで可愛い。

「乙女じゃないのは、知ってるわ、だからもったいぶらず教えなさい」

 待てないのか、いきなり、口調が変わった。


(このままじゃ、まずい)


 そう思いながら、私は話し始めた。

「短い銀髪の十代の男の子で、名前はシルヴァン」

「あら素敵だわぁ、年下の男の子ねぇ、やるわね、あなた」

 そう言って続きを促す。

「知り合って、三か月くらいかな、初めて手を握ってね、照れちゃって可愛いの」

 適当な作り話をする。それでも、シスターは喜んでいる。

「とある日、どうも様子が変なの、なんか、もじもじして…」

「いよいよね」

「はい、私もそう思ったの。私のほうが大人だから」

「わかる~、私もそういうの、あったわ」

「そうなのね、ねえ、どうして、私なんかより、殿方を探しに出かけしないの」

「満月が西の山に沈んだらね、それより、続きをどうぞ」

 このサキュバス、ちょろい。

「私のほうが、背が低いのね」

「あ、相手は十代でもそうか――それでどうしたの」

「知りたい?」

「も、もちろん」

「でも、私のほうが大人だけど」

「わかる~、リードされたいのね、最初くらい」

 ここで私は踏み込んだ。

「ここで、私が男役するから、再現してみない?」

 さすがに、サキュバスは少し警戒しているのか、考えている。

 私も考える。

 ①魔物と本物の城が今は入れ違っている。

 ②じゃ本物はどこ? ここで手鏡で試したように、私が渡り廊下で見た城は、魔物の城ではない、つまり本物の城は、池の中。

 ③門は、本物の城の門。

 ④本物の城を閉めたらどうなるか? 魔物の城と入れ替わる。

 ⓹ただし、入れ替わる期限は、西の山に満月が完全に沈むまで。

 つまり、私は、池の中の本物の城へ行き門を閉める事。ただし満月が沈む前に。


 さっき見た満月からすると、あまり余裕はなさそう。

(急がねば)

 もう一押しする。

「貴女、もしかして女王?」

「どうして、そう思ったの?」

「魔力が強力だし、性格が乙女みたいに可愛い」

「そうよね、女王だもの、私は何を恐れていたのかしら」


 サキュバスの女王は、魅了を解く。

「それで?」

 私は背の低い椅子の上に乗って、サキュバスを手招く。

「そうね、ここから、シルヴァンの台詞を言って、そしてね」

 軽く、唇を突き出して見せる。

「な、なるほど、おお、さすが二十五歳を越えると芸が細かいわね」

(うるさい)

「じゃ、始めます」

 私は、どこかで見た劇の台詞を語り始めた。

「僕は産まれてくるのが、少し遅かった」

 サキュバスにアドリブを促す。

「それって、私が年上だから、ダメって言う事なの」

「ちがう僕は、君を愛している」

「私もよ」

 私は、サキュバスの背中に左手を回す。

 そして、右手の指で顎を上に向けさせる。

「ここで、眼を瞑って、少し口を開いて」

 小声でアドバイス、もとい罠に嵌めた。

 私は下で、頬の内側の袋を歯にのせた。

「好きよ、本当に、町で会いたかった」

 だって、貴女となら、只だもの。

 これは、半分、本心、そして、半分は――

 「ごぉめんねぇ~」

 私は小袋を噛んで破る。

 そして、唇を重ねた。

 溢れ出た液体をサキュバスに舌で流し込む。

 サキュバスの両目を片手で覆った。

 目の前でサキュバスの白い顔が、どす黒く変わっていく。

 私は椅子から飛び降りた。

「聖水が苦しいなんて、シスター失格ね」

 トドメは刺さなかった。それは私の仕事じゃないから。


 床で苦しむシスターを横目に、武装を整えながら手鏡を拾って胸にしまった。

「記念として、貰っていくわ」

 私は、小剣を抜剣して、礼拝堂の扉を開けた。

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