愛したものしか蘇らせられない私は、死者と共に生きる

ドラドラ

愛したものしか蘇らせられない私は、死者と共に生きる。

 私のスキルはネクロマンシー。

 そう鑑定された瞬間、周囲は畏怖と期待の入り混じった視線を向けてきた。


 死を操る者。

 禁忌に手を伸ばす存在。

 それが、世間におけるネクロマンサーの評価だった。


 だが、現実は残酷だった。


 どれほど死者を前にしても、私の力は応えない。

 手を伸ばし、名を呼び、祈るように魔力を注ぎ込んでも、死者たちは沈黙したままだった。


 動かない。

 目も開かない。

 そこにあるのは、ただの“物”としての死体だけ。


 どうして。

 何が足りないの。


 自分に問いかけるたび、胸の奥が削られていく。

 力が弱いのか。

 才能がないのか。

 それとも、この世界そのものが私を拒んでいるのか。


 絶望の底で、私は何度も自分を責めた。

 存在そのものが間違いなのではないかと、何度も。


 そんな私に、ただひとつだけ応えた命があった。


 私の愛犬。

 生前、私のそばを離れず、眠るときも、泣くときも、笑うときも共にあった存在。


 その小さな亡骸に手を伸ばし、半ば無意識にスキルを発動させた。


 すると──


 死んでいたはずのその子が、ゆっくりと体を起こした。

 大きく、力強い姿に変わりながら、私を見つめ、尻尾を振った。


 その瞬間、胸が熱くなり、視界が滲んだ。


 ああ、そうか。

 ようやく、理解した。


「……私を愛し、私に愛された者だけが、応えてくれるのね」


 呟いた声は震えていた。

 だが、その震えは恐怖ではなかった。


 確信だった。


 それから間もなく、私は居場所を失った。

 忌まわしき存在。

 不吉を呼ぶ女。


 そう囁かれ、家にいられなくなった私に、ただひとり、ついてきてくれた人がいた。


 使用人だった、彼。

 身分も、立場も、すべてを捨てて、私の隣に立ってくれた人。


 彼と共に過ごす日々は、決して楽ではなかった。

 貧しく、追われ、常に恐怖と隣り合わせだった。


 それでも、彼が隣にいるだけで、私は笑えた。

 温もりを分かち合い、夜を越え、未来を語った。


 幸せだった。

 確かに、幸せだった。


 だからこそ、その終わりは、あまりにも唐突だった。


 襲撃。

 悲鳴。

 血の匂い。


 叫びながら手を伸ばした私の目の前で、彼は命を落とした。


 やめて。

 行かないで。

 置いていかないで。


 声は届かなかった。


 世界が、音を失った。


 それでも私は迷わなかった。

 震える体を無理やり動かし、スキルを発動させた。


 全身の力を込め、心のすべてを注ぎ込む。

 何度も名を呼び、愛を告げ、戻ってきてと願った。


 ──すると。


 彼は蘇った。


 生前よりも、なお強く。

 生前よりも、なお美しく。


 私を見つめるその瞳に、確かな意思と愛が宿っていた。


 その瞬間、私は悟った。


 愛し愛された者の死者は、誰よりも強い。

 愛は絶対で、理を超える力となる。


 私は歓喜に震えながら、同時に深い孤独を抱きしめた。


 だが、真に愛し合える存在は多くない。

 それが、次の絶望だった。


 私は愛を求めた。

 夜の街を彷徨い、寄り添い、触れ合い、そして殺し、蘇らせた。


 愛していると囁き続ければ、彼らは応えた。

 生前は無関心だった者でさえ、私の愛で縛れば動いた。


 けれど、違う。


 どれだけ愛を注いでも、最初の二人ほどの力は得られない。

 虚ろで、薄く、どこか欠けている。


 それでも私は止まらなかった。

 孤独が、私を急かした。


 死者に囲まれた世界で、私は語り、笑い、怒り、愛した。

 狂気は少しずつ私を染めていった。


 それでも、その狂気の中に、私は確かな幸福を見出していた。


 そして──再び、出会った。


 心が震えた。

 恐怖も、孤独も、すべてが溶けていく。


 この人だ。

 真に、愛し愛される存在。


 私は恐れながらもスキルを発動させた。

 失うくらいなら、最初から死者として傍にいてほしいと願いながら。


 蘇った彼を見たとき、私は初めて完全な満足を知った。


 世界は静かだった。

 生者はいない。

 死者だけが、私の愛を受け止める。


 狂気は消えない。

 だが、愛と混ざり合い、幸福へと変わった。


 誰にも理解されなくていい。

 私はこの世界で、愛に溺れ、死者と生きる。


 それが、私の救い。

 私の選んだ、唯一の道なのだから。


 愛に狂い、愛に満ちたネクロマンサーの物語。

 生者のいない世界で、死者と共に生きることこそ、私にとっての真実の幸福だった──

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