第2話 或る少年との邂逅

 翌日、源は仕事から帰ると、日課のチェロを弾いていた。

相変わらず蒸し暑い夕刻、庭に面した縁側を全て網戸にして、せめてもの涼をとった。

 ぬるい微風そよかぜが、源の身体にまとわりついた。


 バッハの『無伴奏チェロソナタ第1番』を、ぎこちなくゆっくりとしたテンポで弾く。

その時、雑草だらけの庭から、ガサガサと物音がかすかに聴こえた。


「誰かいるのか」

源は庭に向かって声を投げかけた。

慌てた様子で雑草が鳴った。人影が見える。


「おい待て!」

彼は謎の人影を呼び止めると、それは門扉の近くでどさりと転んだ。

思いのほか小さい人影だった。


 源が素足のまま縁側を飛び出し、人影のもとへ駆け寄った。

「ひっ…ご、ごめんなさい」

そこには小学生くらいの、小柄な少年が膝を付いていた。


 学校の制服だろうか。紺色の半ズボンにサスペンダー、長袖のワイシャツ、青いレジメンタルストライプのネクタイをしていた。


 キャメルのランドセルは本革だろう。

服装から、いいとこのお坊ちゃんであることが容易に分かった。


「ガキがこんな時間に何してんだ」

少年は怯え切った表情で恐る恐る答えた。

「チェ…チェロを聴いていました…」


「チェロぉ?俺の下手くそなチェロなんか盗み聴きして何になるってんだ」

「へ、下手くそじゃないです。ごめんなさい。剛田さんのチェロが聴きたくて、時々お庭で隠れていました…」

表札を見たのだろう。少年は初対面の源を剛田さんと呼んだ。


 源は尚もいぶかしげに少年を見つめた。

子供をいじめる趣味はない。源はぶっきらぼうに、

「もう暗い。ガキはとっとと家に帰んな」

そう言って踵を返そうとした。


「ま、待ってください。も、もう少し…聴いちゃ駄目ですか…?」

「だからガキがこんな時間に外にいるもんじゃねぇ」


「お願いします!家には…帰りたくありません…」

何か訳ありのようだった。

ガキのくせに、なんて悲しい目をしやがる。

源は柄にもなく少年を憐れんだ。


「上がれ、そんなとこじゃ蚊に刺される」

そうぶっきらぼうに言って、少年を家に入るよう促した。


「…!あ、ありがとうございます!剛田さん!」

少年の表情がパアッと明るくなった。


「源でいい。お前、名前は」

ひじりと申します!片山聖かたやまひじりです」


これが源と聖の邂逅であった。

源は“片山”という苗字が、自分の勤め先の社長と同じであることが少しだけ引っかかった。

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音楽の救い或いは祈りの音楽 @K_rice

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