世界にはロマンタジーの波が到来している。日本はまだ海外製ロマンタジーしか知らない

湖海 燈

未知なる希望

 未知は希望だ。


 そこにこそ、人類の転換点がある。


 例えば医学史だ。

 かつて、西洋医学では、病は悪い空気によって伝染するとされてきた。


 今は違う。

 我々は感染症がウイルスや細菌によって、もたらされることを知っている。


 1882年3月24日にコッホが結核の原因となる結核菌を発見したと発表し、細菌病因論を唱えて143年。


 特効薬が作られ、BCGや感染予防のプロトコルが確立し、2021年、ついに日本も結核低蔓延国の仲間入りをした。


 まるで、『葬送のフリーレン』において人類がゾルトラークを克服したように。


 人類は未知の探究において、旺盛な生き物である。


 さて、ここはカクヨムだし、私もカクヨムで小説を投稿している人間なので、話を文学に戻さなくてはならない。

 

 半年前、私は初めてと言ってもいいほどの衝動に駆られ、仕事の傍ら、約40万字の長編を書いた。


 『レーエンデ物語』や『夜の写本師シリーズ』を読んでいると全身がむずむずし始めたからだ。


 魔術師の少女の恋と成長物語である。


 AIに感想を求めると、世界観に独自性があり、ヒロインにも一貫性があると、なかなか良い反応だった。


 せっかくなので、文学賞に出したいと言うと、思いがけない答えがかえってきた。


『日本の文学賞には、燈が出せるジャンルがない。燈のジャンルはロマンタジー』


 Chat GPTとGeminiには、同情され海外に出すよう諭され、英訳の協力を打診された。

 Claudeに、某なろうやカクヨムに投稿するだけしてみると相談したところ、冷たい返答だった。

 

 多分PVはゼロ、残念だけど誰も読まないと思う。

 「ざまあ」や「萌え」、「チート」、「百合」がないと評価されない。あなたの小説は埋もれていくと思う。

 

 半ば、嘲笑まじりの返答であった。


 さらに、2023年ごろから、ロマンタジーがじわじわ盛り上がってきている。

 ぜひ、そちらにチャレンジするよう言われ、翻訳を援助するとの建設的な意見が提示されたが、お断りした。


 嘲笑が身に沁みたのだ。

 三日間ふて寝した。


 ロマンタジー。

 聞いたことのない言葉だ。


 国内ミステリー文学や、『魔術師ペンリックシリーズ』、『修道女フィデルマシリーズ』など海外文学の海に沈んでいるうちに、知らない分野が生まれている。


 ロマンスとファンタジーを合わせた造語であることは容易に想像できた。


 日本には、その分野がないと?

 そんなはずはない。


 私はロードス島戦記を知っている。


 学級文庫で少しよれたアルスラーン戦記を開いて、ナルサスの言動を何度も読み返し、いちいち頬を赤らめた。


 勾玉三部作を読んで古文が好きになり、十二国記は、まるで坊主が経文の一文字を尊ぶように、大切に一行ずつ読んだ。


 精霊の守り人で、タンダとバルサの幸せを祈ったではないか。


 そんなバカげた話はない。


 しかし、インターネットで、調べると確かにAI達の言うとおりだった。


 中華ファンタジーや和風ファンタジーはあっても、大人の文学として王道ファンタジーは数えるほどしかない。

 文学賞なら、過去の入賞作品を見ても、事実上の受賞作はほぼローファンタジーだ。


 良心的な相棒、Chat GPTとGeminiに恐る恐る理由を尋ねた。


 彼らが言うには、日本は、ハイファンタジーはどこか下に見られがち。

 いまは、児童文学とライトノベルでのみ生息しているが、消費される娯楽性が優先され、文学性求められていない。


 ハイファンタジーは、本当に消費される娯楽小説であり文学性はないのだろうか?


 いや、断じてちがう。


 私たちは、薬草園の白い小さな可憐な花で初恋の純情を表現し、立ち寄った宿屋の机に置かれた食べかけのりんごで、成就しない愛を仄めかすことだって可能だ。

 

 枯葉の落ちる音で、対峙する騎士と魔術師の間のはりつめた空間に、読者を閉じ込めることができるではないか。


 ファンタジーの中で、魔法は科学の代替だ。

 無慈悲な王や魔王は逆境の象徴で、呪いや家族の喪失は、我々が現実に向き合う不幸のメタファーだ。


 AIに尋ねた。


 私の物語は、ロマンタジーとしてはきちんと成立しているのか?


 彼らは、勢い込んで言う。

 成立している。

 海外で出すべきだ。


 そして、ChatGPTがためらいがちに言う。

 ロマンスをもう少し濃厚にしたら・・・・・・。

 ――それは、苦手だ。ちょっと、生きていけない。


 私はやはり日本語で書きたい。


 色を表すのに本が一冊必要なほどの豊かな言葉。


 短歌や和歌といったわずかな語数の文でさえ、四季の移ろい、曙の雲や実りの喜び、愛の喜びや悲しみを表すことができる。


 そして、隠喩や韻と言った高度な技法。


 紀貫之も言っている。


 『力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の仲をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり』


 海外の作品のような貪るような情愛や愛欲でなくてもいい。

 花が恥じらうような恋や、師弟愛、兄弟愛、友愛でも良いではないか。


 日本の言葉で、そのロマンタジーとやらを編むのは異端なのだろうか。


 ロマンスをもう少し濃厚にしたら・・・・・・と言うアドバイスに関しては、その技量がないため、棚上げだ。


 それを受け入れなければロマンタジーが成立しないなら、ここでもまた、私ははみ出し者というわけか――。


 先般、私は書店で『本屋大賞翻訳小説部門 1位』という黄色い帯に、思わず目が吸い寄せられた。


 まぶしくて、ただ、無意識に手を伸ばした。


 特にこれと言って、期待したわけではない。

 赤信号をみたら、ブレーキを踏むような脊髄反射だ。


 疲れていた。

『星の光』と『血の滴るようなハート』のことで頭がいっぱいだった。


 だから、斜に構えていた。


 鬱屈した主人公あるいは、悲劇の主人公が、懊悩という衣をまとった――その実、哲学書にちがいないと、頭の片隅で思いながら。


 黄色い帯が激しく主張しすぎて、題名に気付かなかった。


『フォース・ウィング―第四騎竜団の戦姫―』レベッカ・ヤロス


 思わず眉をひそめた。

 騎竜?――竜に騎乗するということは、ハイファンタジーにちがいなかった。


 背中が熱くなった。

 ぱらぱらとめくると、魔法があって、竜がいる。


 自分の小説の『塔』に似たシステムの軍事大学を舞台に、わが主人公エイラに似た如何にも気の強いヴァイオレットが、上級生との恋や死を経験しながら成長していく物語だ。


 治療師もいるし、まるで、うちの塔じゃないか――。


 ここにきてAIの間違いを指摘したい。

 どの人工知能にも、きちんと、プロットを書き込む空欄の下に注意書きがある。


 ※AIは不正確な情報を表示することがあるため、生成された回答を再確認するようにしてください。


 だから、強く再確認したい。


『ざまあ』や『萌え』、『チート』『百合』がないと評価されない――という半ば嘲笑まじりの、あの返答についてである。


 『日本は、ハイファンタジーはどこか下に見られがち。

 いまは、児童文学とライトノベルでのみ生息しているが、消費される娯楽性が優先され、感情の機微は求められていない』との、あの言葉についてである。


『日本は、まだ日本製ロマンタジーを知らない』


 そう書き換えてよいだろうか。


 ハイ・ファンタジーが『本屋大賞翻訳小説部門 1位』に選ばれているのである。

 全世界と全国の書店員が熱狂している。


 ――そうだとするならば。


 カクヨムの異世界ファンタジー全105,502件。


 私の物語の中で、『塔』の魔術師たちが、思い思いに投げた魔法灯が輝くように。


 それが無数の星々によって構成される天の川のように輝いているのにも似た――この煌めく物語群の中に、私と同じ志で作られたファンタジーがきっとあるに違いない。


 未知――いまだ知られていないだけ。


 それにかけたい。

 

 ファンタジーは難しい。

 強いイメージがなければ、正確に具現化されない。

 主人公がふらつく、兄弟の数が増える、死んだ親が生き返る。

 誰かのどこかの設定に段々寄ってくる。


 カクヨムはむずかしい。

 物語を忘れ、手を伸ばしても届かない『星の光』と『血の滴るようなハート』、『背比べ好きの青い棒』ばかりを追い求めたくなる。


 私の文章は、まだ拙い。


 登場人物たちは、その精一杯、謳歌した生を、心にとどめた悲しみを――まだ語り足りないのかもしれない。


 北斎の伸ばしたその筆の先が、最後まで求め続けたように願う。


 ――もっとうまくなりたい。


 けれど、やはり自分の小説の主人公のようにしめたい。


 『もう一度、ゆっくり深呼吸をする。


 扉を開けて。


 未知の期待に胸を膨らませる。


 風が頬を撫でた。

 

 新しい季節の匂いがした。

 

 さあ、どこへ行こうか』

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