ねぎらい

「え、労いですか? 普通に『頑張ってるね』って声かけてもらえれば嬉しいです」

「俺は、ちゃんと組織が評価してくれて俸禄が上がればテンション上がりますね!」


 青年隊士二人の言葉に蕾鹿は軽く頷く。


「なるほど、参考になった」


 立ち去る蕾鹿の背中を見送りながら、二人は「はて」と首を傾げた。


「誰か労おうとしてるのかな。珍しい」

「いや、秋月さんしかいないでしょ。最後の砦もいよいよ離隊危機なんじゃないか?」

「え〜、秋月さんならうちに来て欲しい! いやむしろ秋月隊作ってくれないかな。そしたら俺すぐに異動届出すわ」

「なんという自隊への忠誠心のなさ……。しかし、蕾鹿隊長って間近で見るとホント神々しいな」

「生まれつき色素が少ないらしいけど、珍しいよな」



***


「うーん、何か贈り物をするとか、どうですかね? 私だったら日頃の感謝を込めて手作りお菓子作るかな♪」

(手作りお菓子……?)

「いや手作りは重いでしょ。ちなみに相手誰ですか?」


「秋月。稲波にたまには労ってやれと言われたんでな」


 二人の女性隊士は「なるほど……」と苦笑いを浮かべた。


「秋月さんなら、何でも喜びそうですけどね」

「いや、意外と神経質そう。だって趣味が『武器の手入れ』なんだよ!?」

「ヤダー!」


(好きなことが武器の手入れだと嫌がられるのか。よく分からんな)


 蕾鹿は腕を組んで座り、二人の会話に黙って耳を傾ける。


「ちなみに護穀さんの趣味は、蕎麦を食べに行くことなんだって!」

「え〜!かわいい〜!推せる!」


(蕎麦を食べに行くことは可愛いのか……。まるで分からん)


 思わず眉間を押さえる。


「まあ男の人なら、好きな食べ物とかが一番良さそうだよね」

「たしかに」


「……なるほど、では好きな食べ物を与えることにする。助かった」


 蕾鹿は席を立ち、軽く頭を下げるとその場を後にした。


「――は〜、麗しい。あの下々の者の意見を傾聴しに来たお殿様って感じがたまらない」

「殿様っていうより誰にも懐かない野生の山猫って感じ」

「でも、部下を労うために話を聞きに来てくれたわけでしょ?」

「確かに。ああ見えて、意外と部下思いだったりするのかな〜」



 蕾鹿は宿舎の部屋に戻り、机の上の手提げ袋に手を入れた。最後の一つとなったきんつばの箱を手にとり、ジッと見つめる。

 

 一回戻す。


 もう一度出し、見つめる。意を決してきんつばの箱を片手に部屋を出た。

 宿舎の階段を降りている途中、入浴を終えて男子宿舎に戻る秋月と護穀が目に入る。


「あ〜、今日はマジで骨が折れました……。今週は息付けなさそうだし、諸々落ち着いたらまとまった休み貰いたいですね」

「まとまった休み貰って何すんの?」

「武器の手入れとか。あと久しぶりに自宅に帰りたいですねー」

「出た、武器の手入れ。何がそんなに好きなんだ?」

「うーん、自分の攻撃の癖が見えたり、ちゃんと手入れすれば切れ味が戻ったり、そういう小さな発見ができるのが好きなんですよ。準備しとけば戦闘中の不測の事故も防げますし」

「なるほど、蕎麦と一緒だな」

「そうですね。途中から聞いてないの気付いてました」


「お前らいつも同じような会話してるな」


 蕾鹿が背後から声をかけると、秋月がビクリと肩を強張らせた。秋月は蕾鹿が近くに来ると小動物のように怯える。


――あまり虐めてやるなよ。


(そういう意識はないが、やはり虐められていると感じているのだろうか)


「秋月、ちょっと来い」

「なんですか……」


 蕾鹿が手招きをすると、秋月は渋面を浮かべておずおずと歩み寄る。瞳が不安に揺れている。


「お前、私が怖いのか」

「えっ……、いや。なんかまた無茶振りされるのかなと思って」

「お前に無茶振りなんてしたことないだろ」


 秋月は不満げに眉を寄せて力足を踏む。


「なに言ってるんですか! いつもすごい無理難題言ってくるでしょ」

「私はやれない奴にやれと言ったことは一度もない。お前ができるから言っている」


 蕾鹿は目を伏せ、フーと息を吐いた。


「やりたくないなら、そう言え。無理はするな」

「やりたくないとかは、ないですけど……」

「口開けろ」

「え?――もがっ」


 突然、口に甘い物を差し込まれて秋月は狼狽した。


「うまいか」

「???」


 秋月は怪訝な顔で口を動かしながら、コクコクと頷いた。蕾鹿は少し表情を和らげ、秋月の肩を叩く。


「そうか。じゃあな」


 宿舎に戻っていく蕾鹿を見送り、秋月は口に入れられたものを手に取る。護穀が隣から覗き込んだ。


「きんつばだな」

「え、なんで突然おれにきんつば食わせたんや……」

「途中で飽きたんじゃない?」

「え、食いかけを食わされたってこと?」

「いや、箱から出してたな」

「うぁ〜っ、全然わかんねぇ!!」


 秋月は頭を抱えた。

そのまま宿舎に戻り、護穀と別れて自室に向かう。


「あ、秋月さんお疲れ様です」

「おー」


 戸の鍵を開ける最中、隣部屋の後輩隊士に声を掛けられた。


「あ、秋月さん。そういえば蕾鹿隊長から何か労い貰いました?」

「労い?」

「いや。なんか、『どういう労いが嬉しいんだ』って聞かれたから、秋月さんを労いたいんだろうなーと思って。同期は好きな食べ物をあげたらどうかって伝えたらしいですけど。秋月さんの好物って卵焼きでしたっけ」

「……」


 部屋に入る。秋月は引き出しから薄紙を出し、きんつばを乗せた。腕を組み、しばしきんつばを眺める。ふっと表情が解けた。


「……自分の好きな食べ物をあげるところが隊長らしい」


今日一日まとわりついていた疲れが、甘い匂いにほどけていく気がした。




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刈人さんたち! 住吉スミヨシ @cyororina

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