黒い手に引かれて


 それからというもの、優とみとう先輩は放課後に時折会っては話すようになっていった。

 今日起こった出来事、学校内の気に入っている場所、好きな授業……。なんでもない会話を交わす度、優はみとう先輩のことを知り、みとう先輩は優のことを知っていく。


(もうあんまり学校の不思議って感じでもないなぁ)


 ふと、そんな風に思いながらくすりと笑いを溢す。

 少し変わった友達ができて、仲良くなった。そして、小さな噂の怪異と親しくなっているというちょっとした謎の優越感。

 その異質な事実が優の放課後に少しだけ彩りを与えていた。



     △△



『そういえば、優はどうしてあの時この教室に来たの?』



 二人が仲良くなってしばらく経った頃。

 いつものように空き教室で座って話していると、みとう先輩が優に質問を投げかけてきた。


「どうしてって……机の片付けだよ。あの時、見てたでしょ」

『それはそうだけど、考えてみたらおかしいなって思って。だってほら、あの時持ってきた机って他の教室のものでしょ? クラス替えの時期でもなかったし、空き教室に持ってくるのは変な気がしたんだよね』


 距離を詰めながら問いかけるみとう先輩は『答えて』というプレッシャーを放っている。こうなるとなかなか止められないということもあり、優は溜息を一つ置いた。

 それから足元に視線を落として……小さく口を開いた。


「……友達の席だったの」


 溢すように吐き出した言葉は重く、弱弱しい。そんな声色のまま、優は続けた。


「先輩と会う前に、死んだの。それでもう使わないからって、片付けることになって……」


 そう切り出してから、優は友人との些細な思い出を一つずつ言葉にしていく。

 普段は元気なくせにテスト前になると決まって不安そうな顔をすること。スカートを折ったその日にどこかへ引っ掛けて破ったこと。

 ……その声は震えていたが、まだ保たれていた。


 先輩は相づちを打つでもなく、急かすこともなく、ただ隣で耳を傾けていた。時折、女子高生の方へ体を少しだけ向ける。その距離が、彼女に続きを話させていた。


「事故だって聞いた時だって、最初は……信じられなくて……」


 そこで言葉が詰まった。優は一度、大きく息を吸おうとしたが、喉がひくりと鳴っただけで声にならない。

 唇を噛みしめ、何度か瞬きをする。けれど、堪えていたものは溢れてしまった。


 肩が小さく揺れて雫が床を湿らせる。声を出そうとしても、空気が抜けるような音しか出ない。必死に口を押さえたが、嗚咽は止まらなかった。


 そんな彼女の様子を見ながら、みとう先輩はあまり変わらぬ物言いで『どんな子だったの?』と訊ねた。

 待つこともなく問うのは言ってしまえば空気の読めない、無遠慮なタイミング。しかし、優にとってはそれが逆にありがたかった。


「元気な子だったよ。私と違って人とよく話して、色んなことを教えてくれて……先輩のことを聞いたのも、その子からだったの」

『その子、もしかしてベリーショートの髪型で……お姉さんとかいた?』

「知ってるの!?」


 知り得るはずのない情報が先輩から語られた衝撃で、優は思わず息を整えるのも忘れて涙で濡れた顔を上げた。


『知ってるも何も、私その子に2日前に会ったよ?』

「2日前って……どういうこと?」


 みとう先輩の発言に優は困惑した。

 それもそのはず、友人が亡くなってから実に2ヶ月以上の時が経っている。ならば、2日前に会うことなど不可能であるからだ。

 しかし、目の前の黒い人影の先輩が嘘を言っているようにも思えない。これはどういうことなのか。


『多分だけど、私って人じゃないでしょ? だから、亡くなった人の魂とか、そういうのも見えるのかも』


 そんな予想を打ち出され、優はそんな馬鹿な、と断じそうになりつつ、半分納得もできた。

 みとう先輩は怪異で、人間ではない。それなら、魂だとかのオカルト方面への知覚ができてもおかしくはないように思える。

 それに……知らないはずの友人の容姿や家族まで先輩は知っていた。これはもう、信じるしかないだろう。


『……優は、あの子と話してみたい?」


 と、優が驚愕の情報をどうにか呑み込んだところで、みとう先輩がそんな提案をしてきた。


「そんなこと、できるの?」

「分かんないけど……会いたいんでしょ? なら行こうよ! 最悪、私が通訳すれぱいいしさ!」


 いつもと変わらない押しの強さ。そして、快活な明るい声で、先輩は優に手を差し伸べた。

 優は悩むように目を伏せてから……先輩の言葉に応えるようにこくりと首を縦に振り、その手を取った。



「よし、じゃあ行こう! 一緒に!」




 いつも変わらぬ元気な声はいつも以上に心強く、はっきりと聞こえたような気がした。

 そして……優は黒い手を取っ



 ──コトン。



『…………あれ? 優?』



 何か、物が落ちたような音がした。

 みとう先輩が振り返ると……





 靴が一足だけ落ちていた。





 ……その後、この靴を所持していた少女の所在は未だ分かっていない。



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学園一不思議 みとう先輩 WA龍海(ワダツミ) @WAda2mi

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