一不思議は人間好き?
『いやはや、驚かせてごめんなさいねぇ』
「は、はあ……」
想像と全く違ったみとう先輩の第一声に優が驚きと混乱で固まってから数分後。二人は隣り合うような形で椅子に座り、会話していた。
会話といっても、やたら馴れ馴れしく話しかけてくる黒い影に、優がなんとか曖昧な相槌を打つ程度のものだ。ただ……
『ねえ好きな曲とかある? 最近の音楽知らなくてさ!』
『得意な科目は?』
『好きな食べ物は? 私は蜜リンゴ!』
『ねえ……好きな子、いるぅ……?』
隣の怪異は明るく快活な声で絶え間なくどうでもいい質問を飛ばしてくる。それらに一応正直に答えていく優だったが、不気味なビジュアルとフレンドリーで朗らかな印象のギャップに優は混乱しっぱなしだった。
たしかに友人の話では『なんか色々質問される』とは言っていたが、こんな拍子抜けするほど普通の話題とは聞いていない。
というか最後の方なんか修学旅行の夜みたいなテンションで話しかけてきている。優からすれば総合して『なんなんだこいつは』という感想でしかなかった。
(すごく普通の人だ。……人じゃないけど)
質問に答えれば楽しそうに話を広げ、ひとしきり笑った後に次の質問へ移る。話せば話すほど普通の人間と変わらない……いや、むしろその辺の人よりも気さくで間の取り方も上手い。
人間ではないことはたしかだが、とても人間よりも人間臭い。そんなみとう先輩と話しているうちにいつしか優の警戒は解け、普通に話すようになっていた。
「あの、みとう先輩。こっちからも質問していいですか?」
『お! なんだねなんだね?』
質問攻めを食らう中、ふと優が小さく挙手した。
笑顔の浮かんでいそうな黒い影が顔を近付ける中、優は少し言い辛そうに頭を悩ませてから、意を決したように口を開く。
「訊いていいのかわかりませんけど……先輩は一体何者なんですか? その、昔死んだ人とかいう噂もありますけど……」
『私にも分からん!』
おずおずと出された質問に対して即座に元気のいい白旗を挙げられ、優はガクッと肩の力が抜けてしまった。
『実際のところどんな怪異なのだろう』とか『訊いた途端にこの怪異が豹変したらどうしよう』なんて期待と警戒を胸中で攪拌していたのが途端に馬鹿らしくなる答えだ……などとどこかがっかりしていると、みとう先輩はさらに続けた。
『私がどこから来て、どういうものなのかは私自身知らないし、どうでもいい。けど、私は皆を知りたいの。ただ、それだけ』
「皆を?」
『私以外の皆が何をどう感じているのか。何が好き? 何が嫌い? 知りたいことはいくらでもあるから、出会った皆に質問しちゃうの! まあ、気が付いたら皆、靴の片一方だけになっちゃってるんだけどね?』
(それって逃げられてるんじゃ……あ、靴を取られるってそういうこと?)
不気味な影から靴を飛ばして逃げる生徒の図を脳内に思い浮かべ、優は少し吹き出しそうになってしまった。
……それはともかくとして、優はどこかすっきりとした気持ちでぼんやりとした輪郭を見据え、納得した。黒いシルエットから表情は見えないものの、先輩が楽しそうに語る言葉に嘘偽りはないように感じたのだ。
(先輩は……本当に人間そのものに興味があって、大好きなんだ)
人懐っこい喋りとマシンガンのような質問攻め。特にこちらを害することなく、ただひたすら話し続けるだけの黒い人影の怪異。見た目も出自も不明で、話しながらでも心の底から警戒は外れていなかったが……たった今、優の中でその楔が解かれたような気分になったのである。
そんな晴れやかな気持ちになったところで、優はふっと笑みを溢した。
それを見たみとう先輩も嬉しそうにぱたぱたと足を揺らして、二人は笑い合ったのだった。
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