第5話 祈り

 夜になると、家はさらに静かになる。


 囲炉裏の赤が消えかけ、

 湯気の匂いだけが、薄く残っている。


 少女は縁側にすわっていた。

 雪が降るのを見ている。


 雪は、誰も責めない。

 ただ、同じ白で、全部を覆う。


 少女の指先が、わたしの乾いた殻を撫でた。

 殻は軽く、すぐに崩れそうだった。


 その指先は、葉を運んだ指だ。

 そして、繭にふれた指でもある。


 少女は息をひとつ吐いて、袖の中から殻の欠片を出した。

 掌にのせると、それはほとんど重さがなかった。


 婆さまは何も言わない。

 少女も何も言わない。


 言葉がないぶん、手つきだけが残る。


 少女は縁側の端に移動して、雪を指で掘った。

 爪が白くなるまで掘って、浅い穴をつくり、殻を落とした。

 上から雪を戻し、何度か押さえて、平らにした。


 生かした手。

 奪った手。

 守った手。


 わたしには、区別がつかない。

 わたしの世界では、手はいつも、同じ形をしていた。


 ──食べることも、語ることも、わたしにはなかった。

 それでも、わたしの命は、ここに残った。


 あの子の手のなかに。

 白く、やさしく、ほどけないままで。


 ことばは持たず、願いも知らず、

 それでも、わたしは残った。


 白く、やさしく、名もなく──祈りとして。

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白い繭の祈り 青羽 イオ @io_aobane

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