第4話 湯気
白い、乾いた殻をやぶって、
わたしは、もう一度この世界に触れた。
けれど、目も、口も、残されていない。
羽はあるのに、空を知ることもない。
わたしにできるのは、ただ、託すことだけだった。
ひとつ、ふたつ。
やわらかな卵が、静かに、乾いた繭の上に落ちていく。
命の重さは、あまりに軽い。
音ひとつ残さないまま、そこにある。
婆さまの手が、それを数える。
乱れない指で、迷いなく。
その指は、糸を巻き取った指だ。
籠の縁に、殻が触れて、かすかな音がした。
婆さまは殻を寄せ集めるように、まとめて押した。
少女の掌は、わたしをそっと包んだ。
ふるえていた。
けれど、離さなかった。
少女は殻の欠片を、ひとつだけ袖に隠した。
婆さまの目が向く前に。
隠した手はすぐに膝の上へ戻り、何もなかったふりをした。
同じ家の中で、
同じ白の上で、
ふたつの手が、別のやさしさをしている。
少女は、何も言わない。
わたしも、言えない。
ただ、わかる。
ここでは、命はつながれる。
そのために、ほどかれる。
葉を置くのも。
糸を取るのも。
どちらも、手で行われる。
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