第3話 出会いの仕掛け Revised

 春の陽気が横浜の街を包む三月、大学の合否発表を終え、高校の卒業式を終えたばかりの星乃心奈ほしの ここなは、元町の喫茶店「カフェ・ド・フルール」の窓際の席に座っていた。


 ショートカットのボーイッシュな黒髪が、柔らかい日差しに照らされ、鋭い目つきはいつも通り「近寄るな」のオーラを放っていた。目の前では、佐藤美咲さとう みさきがツインテールを揺らし、子犬のようにはしゃぎながら喋り続けていた。心奈は卒業後のこの時期、大学生活への期待と不安が入り混じっていた。新しい環境で、自分の「心奈マインド」を守れるか? 誰もが自由に生きる中で、自分だけが古いルールに縛られている気がして、胸がざわつく。


 心奈はコーヒーカップを手に、仏頂面で美咲をチラリと見た。彼女は小さくため息をつき、呟いた。


「ねえ、美咲、ちょっと静かにできない?」


 美咲はニコニコしながら、テーブルに身を乗り出した。


「えー、だって卒業したんだよ! 心奈、引きこもってないで、もっと楽しもうよ!」


 心奈はカップを置き、窓の外の元町の街並みを眺めた。彼女は眉をひそめ、声を低くした。「楽しむって、こういう無駄話のこと? 大学始まる前に、勉強の準備したいんだけど」


 美咲はツインテールを弾ませ、目をキラキラさせた。


「もう、心奈ったら真面目すぎ! ねえ、医学部で何を専攻したいの?」


 心奈は一瞬考え、カップを握りながら答えた。


「そうだなあ、基礎医学・臨床医学・社会医学があるけど、臨床医学かな。産婦人科学か精神神経医学か、迷うところ」


 美咲は目を丸くし、ツインテールを揺らして突っ込んだ。


「え、産婦人科学と精神神経医学って、ぜんっぜん違うじゃん! なんでその二つなの?」


 心奈はキッと美咲を睨み、冷たく言い放った。


「違わないよ。産婦人科学なら、男に無理やりやられて妊娠した女性の堕胎手術とか、性病をうつされた女性の治療。精神神経医学なら、やりたくもないセックスを強要された女性のセラピーとか、『レス』を非難されてる女性のセラピーとか。どっちも、女の人の苦しみを助ける仕事でしょ」


 美咲は一瞬言葉に詰まり、首を振った。


「うわ、心奈、それ、めっちゃ男絡みの視点しかないね! 他の医学の道、ないの?」


 心奈は即座に断言した。「ない! それ以外、興味ないよ」


 美咲はテーブルに突っ伏し、わざと大げさにため息をついた。


「やれやれ、心奈の壁、厚すぎ! 医学部でもその『心奈マインド』全開なの?」


 心奈は唇を尖らせ、コーヒーを一口飲んだ。


「当たり前でしょ。私のルールは、私そのものなんだから」


 美咲はクスッと笑い、気を取り直して話題を変えた。彼女は少し身を乗り出し、ニヤリと笑った。


「そうそう、同級の加藤恵美かとう めぐみがさ、心奈と同じ大学学部に合格したって!」


 心奈はカップをテーブルに置き、顔をしかめた。


「恵美? あの子、嫌い!」


 美咲は目を丸くし、ケラケラ笑った。


「え、なんで? 良い子じゃん、恵美!」


 心奈は腕を組み、声を低くして言い放った。


「男に媚びてるって聞いた。誰彼構わず、チャラチャラしてる女、嫌い!」


 美咲はツインテールを揺らし、からかうように肩をすくめた。


「ふーん、じゃあ私もダメ? 私、悠真にめっちゃ媚びてるよ!」


 心奈は一瞬黙り、仏頂面で美咲を睨んだ。


「美咲は……悠真だけだから、まあ、許す。でも、恵美みたいなタイプは絶対無理!」


 美咲は手を叩いて笑い、目を輝かせた。


「はは、心奈、めっちゃ正直! でもさ、聞いてよ! 悠真の同級生、宮部明彦みやべ あきひこって子がいて、すっごくしっかりした人で、私と悠真のダバシの大学なの。で、恵美に紹介したんだ! んでね、悠真が『心奈にも誰か紹介したい!』って言うから、無理強いしない、めっちゃいい奴がいるって! 心奈と同じ医学部! 知りたい?」


 心奈は目を細め、カップを握りしめた。


「知りたくない! なんで私がそんな話に乗らなきゃいけないの!?」


 美咲はニヤニヤしながら、わざと身を乗り出した。


「えー、でも、絶対知りたいよね? 心奈、気になるでしょ!」


 心奈はテーブルを軽く叩き、声を張り上げた。


「知りたくない! って言ってるでしょ! やめてよ、美咲!」


 美咲は手を振って、ケラケラ笑った。


「ほらほら、怒らないで! ね、その子、岡崎翔おかざき しょうくんっていうんだけど、悠真が『心奈に絶対合う!』って言うの。ねえねえ、会いたい?」


 心奈は顔を真っ赤にして、キッと美咲を睨んだ。


「会いたくない! 悠真の紹介とか、絶対なんか裏あるって!」


 美咲はツインテールを弾ませ、いたずらっぽく笑った。


「じゃあ、明日、お見合いセッティングしちゃうね!」


 心奈は目を丸くし、声を荒げた。


「会いたくない! って何回言えばわかるの!? 美咲、ほんと最低!」


 美咲は肩をすくめ、ニコニコしながら言った。


「いいから、いいから! 心奈、絶対楽しいよ!」


 心奈はため息をつき、窓の外を見た。彼女はコーヒーを一口飲み、呟いた。「ほんと、最悪……。美咲のバカ、悠真のバカ。こんなの、私のハッピーエンドじゃないよね?」 胸の奥で、拒絶しつつも、好奇心の小さな芽が芽生えるのを、心奈は感じていた。会いたくないのに、どんな人か想像してしまう自分に、苛立つ。


 翌日、馬車道のフレンチレストラン「ル・ジャルダン」の個室。心奈はぶんむくれながら、テーブルに座っていた。ショートカットの黒髪が、彼女の不機嫌なオーラを一層際立たせていた。目の前には、高橋悠真たかはし ゆうまと美咲が、ニコニコしながら並んで座っている。向かいの席には、岡崎翔おかざき しょうがいた。


 黒髪を短く整え、知的な眼鏡をかけた彼は、穏やかな笑顔で心奈を見ていた。心奈は翔の視線を感じ、胸が少しどきどきした。こんなの、ただの緊張だ。


 悠真は少し気まずそうに笑い、場を和ませようと口を開いた。


「えっと、心奈、翔はね、ほんと良い奴なんだ。環境問題とか文学とか、面白い話いっぱい持ってるよ!」


 心奈は仏頂面で、チラリと翔を見た。彼女はフォークを握りしめ、ぶっきらぼうに言った。


「ふん、悠真がそう言うなら、なんか怪しいんだけど?」


 翔は柔らかく笑い、穏やかな声で答えた。


「星乃さん、はじめまして。岡崎翔です。悠真から話聞いてたけど、ほんと、独特な雰囲気だね。嫌いじゃないよ」


 心奈は一瞬言葉に詰まり、頬を膨らませた。


「独特って何!? 馬鹿にしてるでしょ!」


 翔は慌てて手を振って、笑顔を崩さなかった。


「いやいや、ほんとだよ。なんか、話してみたいなって思っただけ」


 心奈は唇を尖らせ、サラダを突きながら呟いた。


「ふん、話すことなんてないよ。私のルール、邪魔しないでよね」


 美咲はツインテールを揺らし、ニヤニヤしながら二人を見比べた。


「ねえ、心奈、翔くん、いい感じじゃん! ほら、もっと話してみなよ!」


 心奈はキッと美咲を睨み、声を低くした。


「美咲、ほんと黙ってて! これ、絶対あなたのせいでしょ!」


 悠真は苦笑いしながら、フォークを手に持った。


「心奈、怒らないでよ。ぼく、ほんと、翔なら君に合うと思ったんだ」


 心奈はコーヒーカップを握り、窓の外を見た。彼女は小さく呟いた。


「合うわけないじゃん……。こんなの、私のペースじゃないよ」 でも、心の中で、翔の穏やかな声が意外と心地よいことに気づき、動揺した。この人、悠真とは違うかも。


 翔は心奈の仏頂面を見ながら、穏やかに言った。


「星乃さん、ペース乱すつもりはないよ。ぼく、急がないタイプだから、ゆっくり話せればいいな」


 心奈はチラリと翔を見た。彼女はフォークを置き、渋々答えた。


「……ふん、まあ、話すだけなら、いいけど」


 美咲は手を叩き、目を輝かせた。


「ほら! 心奈、ちょっと興味あるじゃん! やった!」


 心奈は顔を真っ赤にして、声を張り上げた。


「興味ない! って何回言えばわかるの!?」


 レストランの窓の外では、馬車道の街並みが春の陽気に輝いていた。四人の会話は、軽快に、しかしどこか噛み合わないまま続いた。心奈はコーヒーを一口飲み、仏頂面を崩さなかった。


 でも、心の奥で、この出会いが自分のルールを少し揺らす予感を感じ、興奮と恐怖が入り混じっていた。


 変わるチャンス? それとも、ただの罠?

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💯「NTR女子、星乃心奈」純潔の壁が崩れ落ちるNTRの連鎖、世界はキミを待っているのに ※エッチ場面はありません。 🌸モンテ✿クリスト🌸 @Sri_Lanka

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