💋アラビア、中華、インドの官能、
https://bit.ly/4qvGVFw 〔アラビアのロレンス〕〔南少佐とその一族〕〔インドの夢魔〕〔各国ハーレム物語〕の各エピソード
🛕華陽の影、九尾の呪い (一話完結)
https://x.gd/YHD4L華陽の影、九尾の呪い
インドの班足太子の妃・華陽夫人
古代のインド、ガンジス川の黄金の流れが大地を官能的に撫でる王国・カピラヴァストゥ。空は深い藍色に染まり、風はジャスミンとサンダルウッドの甘い香りを運び、寺院の鐘が低く響いて心を震わせる。この楽園のような王国に、班足太子という若き光が輝いていた。
彼は父王・シュッドーダナの唯一の後継者で、わずか十九歳。肩幅広く、鍛え抜かれた筋肉が日焼けした肌の下でうねり、戦士の体躯を誇っていた。瞳には深い慈悲が宿りながらも、内に秘めた情熱が時折閃く。ヴェーダの聖典を暗唱し、民の貧困に自ら米を分け与える彼は、王国の希望そのものだった。
宮廷の庭園では、蓮の池が鏡のように輝き、孔雀が羽を広げて誘うように舞う。だが、そんな穏やかな日々に、甘く毒々しい影が忍び寄っていた。それは、運命の渦のように、班足の心を飲み込み、欲望の炎で焼き尽くそうとしていた。
ある灼熱の夕暮れ、班足は森の奥で狩猟を楽しんでいた。汗が彼の胸を伝い落ち、弓を構える腕の筋肉が緊張で震える。
鹿の影を追う彼の前に、突然、幻のような女性が現れた。
彼女は純白のサリーを優雅に纏い、薄い布地が彼女の曲線を透かして強調し、黄金の腕輪と首飾りが夕陽にきらめいていた。肌は満月の光のように滑らかで白く、触れたら溶けそうな柔らかさだった。目は漆黒の深淵のように人を吸い込み、唇は熟れたマンゴーのように赤く湿り、息を吹きかけるだけで男を酔わせる。髪は黒い絹糸のように流れ、歩くたびに微かな鈴の音が響き、腰の揺れが官能的なリズムを刻む。
彼女は華陽と名乗り、遠い山村から来た旅の娘だと言った。だが、班足の視界の端で、何かが揺らめいた。風に舞う九つの尾のような、妖しい影。彼女の香りはムスクとスパイスの混合で、鼻腔を刺激し、下腹部に熱を呼び起こす。
「殿下、私は道に迷いました。この森は深く、恐ろしい獣が潜むと聞きます。どうか、慈悲深いお心で、私をお守りください」と華陽は囁いた。
その声は、蜜のように甘く、耳に絡みつき、体全体を震わせる。班足は一瞬で心を奪われた。彼女の目は彼を捕らえ、抵抗できない魅惑の渦に引き込み、息が荒くなった。
「お前のような美しき者が、この荒野で苦しむなど、耐えられぬ。私の宮殿へ来い。そこで安らぎを得よ」
こうして、華陽は王宮に迎え入れられた。父王・シュッドーダナも、彼女の妖艶な美貌に目を奪われ、即座に妃として認めさせた。結婚の儀式は盛大で、ガンジス川の岸辺で花火が夜空を彩り、象の行列が通り、民衆は新しい妃の美しさを讃えて踊った。だが、班足の胸はすでに、華陽の幻惑的な魅力で満ちていた。
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九尾の狐
中国神話から妖艶な悪女へ
中国の古典に息づく九尾の狐の伝説は、古代の神秘と人間の欲望が交錯する魅力的な物語だ。最初にその姿が記録されたのは、戦国時代から漢代にかけて編纂されたとされる『山海経』である。
この奇書は、神話的な山河や怪異な生物を記述したもので、九尾の狐もその一つとして登場する。『山海経』の「南山経」では、青丘の山に棲む狐として描かれ、その形状は九本の尾を持ち、咆哮は赤ん坊の泣き声に似ているという。
人を食らう恐ろしい獣だが、一方でその肉を食べれば妖邪の毒気に侵されないという不思議な効能を持つ。まるで幸運と災厄の両面を併せ持った存在だ。
明代の小説『封神演義』では、この狐は絶世の美女に化け、王朝を滅ぼす悪の化身として描かれる。物語の舞台は殷王朝の末期。暴君・紂王の寵姫である妲己(だっき)こそ、千年生きた九尾の狐の精(金毛九尾狐)の正体だ。女媧の命を受け、紂王を惑わし、残虐な政治を助長して殷を崩壊させる。妲己は美しさと策略で王を骨抜きにし、忠臣を排除し、人肉を食らうほどの残忍さを発揮する。
『封神演義』は殷周革命を題材にしたフィクションだが、妲己のモデルは実在の歴史人物で、『史記』でも紂王の悪政を助けた悪女として記されている。
ただ、狐の化身という超自然的な要素は後世の創作だ。似た話は周王朝の褒姒や、インドの班足太子の妃・華陽夫人にも見られ、九尾の狐は王朝の転覆を繰り返す「妖婦」として恐れられた。
こうした伝説は、権力者の堕落を象徴し、女性の美がもたらす破壊力を警告する教訓を含んでいる。史書では幸運の象徴だった狐が、文学では悪の権化に変わる過程は、中国文化の多層性を示す興味深い例だ。