第2話(2) 心の軋み Revised
悠真の顔を見るたび、別れの日のカフェでの会話が頭をよぎる。友達でいい、って言ったのは私なのに。なんで、こんなモヤモヤするの? 心奈は自分の感情を分析しようとしたが、答えが出ない。
横浜ブルク13の映画館。薄暗いシアターの中で、心奈は美咲を挟んで左側に、悠真は右側に座った。心奈は憮然とした表情で、スクリーンを見つめていたが、頭の中では別のことが渦巻いていた。
なんで私がこんな目に……。美咲のバカ!悠真のバカ!彼女の心は、まるで波立つ海のようだった。悠真と別れたことで、自分の「心奈マインド」を貫いたはずなのに、なぜか心のどこかが軋んでいる。私が間違ってる?そんなわけない。私のルールは、私そのものだもん。でも、隣の美咲と悠真の気配が、集中を乱す。
映画『ラスト・ブレス』は、飽和潜水士の過酷な実話を描いた作品だった。緊迫感ある展開に、観客は息をのんでいたが、心奈の心は別の場所にあった。
隣で美咲がポップコーンをポリポリ食べ、時折悠真と小声で笑い合うのが、妙に耳障りだった。美咲の笑い声が、心奈の胸に小さな針を刺すようだった。なに?わざとやってる?私の前で、悠真とイチャイチャして楽しいわけ? 嫉妬? そんな言葉が頭をよぎるが、すぐに否定する。
映画が終わると、三人は桜木町駅近くの喫茶店に入った。レトロな雰囲気の店内、木製のテーブルに座った三人は、それぞれ微妙な空気を漂わせていた。
心奈はコーヒーカップを手に、窓の外をぼんやりと眺めた。これ、NTRってやつ?そんな言葉が頭をよぎった。
元彼の悠真と、親友の美咲が今、目の前で付き合っている。自分には関係ないはずなのに、胸の奥がチクチクと痛んだ。
彼女の心は、まるで霧に包まれた港のようだった。どこに向かえばいいのか、わからなかった。
私がこんな気分になるなんて、おかしいよね。私には、私のルールがある。悠真になんて、何も感じないはずなのに。でも、悠真の笑顔が美咲に向けられているのを見ると、なぜか心がざわついた。あの笑顔、昔は自分にも向けられていたのに。心奈は過去のデートを思い出し、胸が締め付けられる。
美咲は楽しそうに、映画の感想を悠真に話していた。彼女の声は明るく、まるで心奈の目の前でわざと幸せをアピールしているようだった。
だが、彼女の心の奥には、別の思いがあった。心奈、こんな風に悠真くんと楽しそうにしてたら、ちょっとでも嫉妬してくれるかな?心奈の「心奈マインド」、尊敬するけどさ、でも、恋愛って楽しいよ?
少しでも、心奈にそれを感じてほしいんだ。美咲は、心奈の頑なな心を少しでも開きたいと思っていた。親友として、心奈が自分を閉ざしているのが、どこかで寂しかったのだ。
「ねえ、悠真くん、あの潜水士が海底でピンチになったシーン、めっちゃハラハラしたよね!」
「うん、ほんと!あの状況でよく生還したよな。リアルすぎて鳥肌立ったよ」
悠真の声は明るかったが、彼の心もまた、複雑だった。美咲との時間は楽しく、彼女の明るさに救われていた。
でも、心奈の冷たい視線を感じるたび、胸の奥に小さな棘が刺さるような感覚があった。星乃さん、ぼくのこと、どう思ってるんだろう。友達って言ったけど、ほんとにそれでいいのかな?
悠真は、心奈の「心奈マインド」を理解しようと努力した過去を思い出した。あの頃、彼女を変えようとした自分は、間違っていたのかもしれない。でも、どこかで、星乃さんの心、動かせたらいいのに、と思ってしまう。彼女の頑なな姿勢は、尊敬すべきだけど、でも、恋愛の楽しさを知ってほしい――そんな思いが、悠真の心に芽生えていた。
二人の楽しげな会話に、心奈はますます疎外感を覚えた。私、ここにいる意味ある?そう思いながら、ふと口を開いた。
「ねえ、あなたたち、どこまで進んだの?」
心奈の声は、わざと興味なさげに、冷たく響いた。でも、心の中で、答えを聞きたくないのに聞いてしまう自分に気づく。
美咲が一瞬目を丸くしたが、すぐにニヤリと笑って答えた。彼女は、心奈の反応を引き出したくて、わざと軽い調子で言った。
「え、ちょっと、キスしたよ」
心奈の心に、嫌悪感がサッと広がった。キス?ふざけんな!彼女はカップをテーブルに置き、顔をしかめた。
なんで、こんな話、わざわざ私の前でするわけ?美咲、ほんと最低!心奈の胸の奥で、怒りと寂しさが混ざり合った感情が渦巻いた。
私がこんな気分になるなんて、おかしい。悠真のことなんて、もうなんとも思ってないはずなのに。でも、頭の片隅で、悠真の優しげな笑顔がちらつく。あの笑顔が、自分にはもう向けられていないという事実が、なぜか心を締め付けた。
「へえ、そう。よかったね」
心奈はそっけなく答えたが、内心では動揺が広がっていた。
嫉妬?私が?まさか。彼女は自分に言い聞かせた。私の「心奈マインド」は、私そのもの。これを曲げるなんて、ありえない。でも、心の奥で、別の声が囁いていた。ほんとに、これでいいの?悠真と別れたのは、私の選択だったはずなのに。美咲の言葉が、鏡のように自分の空虚さを映す。
美咲は心奈の反応に気づいたが、あえて明るく振る舞った。心奈、ちょっとでも動揺してくれた?私のこと、嫌いにならないでね。
美咲は、心奈の心を少しでも揺さぶりたかった。彼女は、心奈が自分の殻に閉じこもっているのが、親友として気になっていたのだ。心奈、恋愛って、悪いことじゃないよ。少しでも、感じてみてほしいな。
「え、なに、心奈、嫉妬してる?」
「は?するわけないでしょ。気持ち悪い」
心奈は即座に切り返したが、彼女の声には、いつもより少しだけ震えがあった。私が嫉妬?ありえない。絶対、ありえない。でも、彼女の心は、まるで霧に閉ざされた港のようだった。どこに向かえばいいのか、わからなかった。声の震えが、自分の本心を暴くようで怖い。
悠真は少し気まずそうに笑い、話題を変えようとした。
「えっと、さ、映画の話に戻るけどさ、あの潜水士の仲間、めっちゃカッコよかったよな」
だが、心奈の頭の中は、別のことでいっぱいだった。キスしたって……。美咲、こんな話、わざわざ私に言う?残忍な女め!
彼女は美咲の無神経さに苛立ちを感じつつ、同時に、悠真の優しげな笑顔が自分に向けられていないことに、言いようのない寂しさを感じていた。
私が、こんな気分になるなんて、おかしいよね。私のルールは、私そのもの。なのに、なんで、こんな気持ちになるの? 心奈はコーヒーの苦味を感じながら、自分の変化を恐れた。
喫茶店の窓の外では、夕暮れが横浜の街をオレンジ色に染めていた。
三人の心は、それぞれの思いを抱え、微妙に噛み合わないままだった。心奈はカップを手に、もう一口コーヒーを飲み込んだ。
これが私のハッピーエンドなのよね?そう自分に言い聞かせながら、彼女は目を閉じた。
でも、胸の奥のモヤモヤは、消える気配がなかった。彼女の心は、まるで波立つ海のようだった。
自分の「心奈マインド」を貫く誇りと、どこかで感じる寂しさ。悠真の笑顔が自分に向けられていた頃の記憶が、頭の片隅でチラチラと揺れた。
変わるって、どういうこと?自分を曲げること?それとも、誰かを好きになること?心奈は考えるのをやめ、カップを置いた。
だが、彼女の心の軋みは、静かに、しかし確実に、響き続けていた。いつか、この軋みが自分を変えるきっかけになるのかもしれない、と心奈はぼんやりと思った。
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