第3話 霜止の決起
「すまなかった」
音楽室の中、私はキッチンマットを敷き四人の前に正座して手を付いて頭を下げた。
「美穂、そんなことしなくても?!」
すぐに木本が止めに入る。
隣の水島も前に出て、
「火野?! 切腹はやめろ!」
するわけあるか。五月に入った今でも体験入部の新入生が集まらないことに対して、部長としてケジメを付けて謝罪しているだけだ。
「美穂だけの責任じゃないわ。三年生に戻ってきてもらうのは、みんな失敗したし……それに、今年は経験者があまりいないみたいね」
木本の言う通り、たしかに今年は吹奏楽経験者が少ないのかもしれない。でも、それにしても音楽室に一人も足を踏み入れないなんて、やはり異様だった。私が謝罪したのは、もしかしたら私が部長として人気が無さすぎるのが原因なのではないかと、ちょっと思ってしまったからだった。
──三年生の再勧誘に失敗した後も、私たちは他にもいろんな手段を試して
「桃山さーん、三年生の火野って人が呼んでるけど」
教室の窓側すみっこ、先頭の方に声がかかったので、そちらを見る。あっ、ホルンやってた桃山さんだ。久しぶりにかつての後輩に会えて嬉しいな、と私が思っていたら、桃山さんはこちらを確認する前に自席の下に入り、うずくまった。何だ? 地震か? そして、隣の友人らしき人が、桃山さんに近づいて何か聞くと、その友人が教室の入り口まで来て「今日はいないそうです」と伝えてきた。私は思わず、「あ、そうですか……お邪魔しました」としか答えられなかった。
他にも、メールアドレスを知っている後輩には直接連絡してみた。ちなみにトランペット担当だった池村さんという子。私はまず下記のように
『拝啓、
仮に本人が入部する気はなくても、エンジョイ勢でもいいから吹奏楽やりたそうな人を教えてくれれば。 返信はすぐに来た。一行目が『ごめんなさい許してくださいもうしません。私、何か火野先輩のお気に障るようなことしましたか?』だった。何ぞや。
……私は中学の三年間、特に誰かに怒鳴った記憶もないし、ほぼ黙って座っていただけなのだが。この返信はいったいどういうことなのだろう。結局、その後輩から有益な情報は得られなかった。得られたのは私が嫌われているか、恐れられているという不名誉な情報だけだった。もちろん、その後輩には入部を断られた。理由は祖母の遺言と今年から持病の喘息が急激に悪化して吹奏楽すると肺に穴が開くそうだ。なるほど?
木本、土橋は恐れられてはいないみたいだったが、勧誘の結果は似たようなものだった。元々、彼女らの後輩はこの南高にほとんど来ていないらしい。
「私のところは全国常連だったから、ほとんど
天凌というのは、この辺の高校で一番の吹奏楽名門だ。一番常識人で面倒見の良い木本ですらこれなのだから。
「わ、私も中学の時も病気で休みがちだったから、後輩さんとはあまり親しくなくて、ごめんなさい」
土橋も厳しかった。
金森は……私と中学
水島は……
「悪い。私もダメだった」
そうはにかんだだけだったが、もう何も言えなくなった。実は水島は部員集めに関してはトラウマがあるのだ──
私はキッチンマットを片付けて、席に戻って目を
失われたもの、これから失われようとしているものの重さを思い浮かべ、皆が皆に分かる溜息を付きあっていた時、一人だけ微笑んでいる少女がいた。
水島は皆の前に出てきて、腕を組んで仁王立ちになって咳払いを一つした。
「だけど! まだ私達は終わってないだろ!?」
「どういうこと?」
水島の良く通った声に木本が代表して反応し、眉を寄せ首を傾げながら疑問を呈す。
「土橋が復帰してくれたんだ。打楽器だけなら、まだやれる」
皆がしばし沈黙する。私はすぐに意味がわかった。こいつ、やはり本気でやるつもりなのか、と思ったが、他の三人は状況がつかめていないようだ。数秒後、木本が口を大きく開ける。
「まさかあんた、パーカッション・アンサンブルで全国出場を狙うつもり?!」
木本が驚くのは当然なのだ。特定の楽器の少数編成のみで演奏する全国アンサンブル大会。この大会は、吹奏楽コンクールと並んで吹奏楽部の重大イベントの一つだが、通常の高校では、三年生は出ないことが多い。日程がシビアで、県大会開催が十二月、全国大会は三月後半になるからだ。
「あんた、受験どうするつもりなのよ」
「私は音大志望だしずっと準備してるから」
「それにしたって、音大の受験科目とアンサンブルじゃ結構違うだろうし……私は推薦狙いだけど、美穂と香奈、遥は普通に受験でしょ」
「私はー、大丈夫ー、かなー」
「うおっ、そうだった。香奈は成績上位だったわね。美穂と遥は?」
「私も、なんとか行けるかな。さすがに受験前はフル練習ってわけにはいかなさそうだけど」
「わ、わたしも頑張ります……」
「どうかしてるわね、みんな」
木本は指先でこめかみを押さえて首を振る。
実質、全国大会と名の付くものに行きたかったら、我々が今年出場できる大会はアンサンブルしかない。去年の三年生も私達五人に混ざって記念でアンサンブル大会に出場していた。吹奏楽の名門高校なら、受験に問題がない範囲で三年生が出場している例は結構ある。しかし、完全に三年生だけで出場というのは珍しいかもしれない。水島の提案をもう一度考えてみる。今年の
「木本は中学の時全国経験あるから分かるだろ。私以上のティンパニが日本にいるか?」
胸を張って高らかに宣言する水島。自負がすごい。
「日本とは大きく出たわね」
「どう思う?」
「……私の知っている中ではいないわね。あんたが日本一のティンパニ馬鹿よ」
「馬鹿……? じゃあ火野並のドラマーは?」
「……美穂みたいに生まれたときからスネアやシンバル叩いてる子なんて見たことないわよ」
「金森みたいに不思議な響きのビブラフォンも聞いたことないし、土橋みたいな透き通った音のベルも唯一無二だな」
私は水島と同じように腕組みしながら、水島と木本の意見に捕捉を加える。
「てことは、私達、今年ってひょっとして最強メンバーじゃね?」
「まあ、異論はないかな。三年生だけってちょっと弱い物イジメな感じもするけど」
得意げににやついた水島のドヤ顔に、私は賛成の意を唱えてあげる。ちょっと三年生オンリーで出場というのは反則に近いと思う人はいるかもしれないが、まあその辺は我々の事情からして他に生徒がいないのだから仕方ないということで容認してもらおう。
「凛ちゃんも美穂ちゃんもー、すごいー、自信満々ー、香奈もほめてもらえてーうれしーよー」
「まあ、確かにこのメンバー、北陸じゃ一番かもしれないわね。受験と並行でやってたら、途中で担任に止められそうな気がしないでもないけど……」
「わ、みんなすごいです! 私も……他の楽器も頑張らないと」
「へへへ、全会一致で決まりだな! じゃあ、火野、掛け声を頼む!」
「やれやれ」
私は半ば呆れながら、腕の仕草でみんなを音楽室の中央に集める。意外とこういう体育会系のノリって嫌いじゃない。私が右手の甲を天井に向けてまっすぐに突き出すと、みんな円陣を組んで綺麗に五角形になり、私の手の上に自分の手を乗せた。息を吸い込むと、私はこの春一番に声を張って叫んだ。
「
「「「「おおー!」」」」
こうして私達、南高吹奏楽部最後の五人は、全国アンサンブル大会で全国大会出場、全国制覇を目指すことになった。淡い希望だが、「三年生オンリーで受験と並行で全国金賞取ったら、来年その名声を聞いて、自分達の卒業後でも新入生が入ってきて廃部にならずに済むかもしれない」という計算も成立する。今回の全国大会の舞台は、金沢駅前に
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パーカッション・パッション 島アルテ @altissima
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